イフガオ州ナプラワン山  山下大将降伏の地の足跡を辿る

ナプラワンから続く稜線の向こうにはルソン島最高峰のプラグ山
Beyond the ridgeline that continues from Naplawan, Mt. Pulag the highest mountain in Luzon can be seen.

フィリピン、イフガオ州フンドゥアン郡ハパオ村。ルソン島北部山岳地域(コルディレラ地方)にあるこの村は、地域一帯の棚田が世界文化遺産に認定されている。清流ハパオ川は絶えず澄んだ水を運び続けていて、村の棚田や暮らしの水源となっている。今回訪れたのは、そのハパオ川の源、イフガオ州最高峰で標高2,642mのナプラワン山。
ここは第二次世界大戦で陸軍士官であった山下奉文(ともゆき)大将が降伏した地として知られている。山下大将は大戦末期にこの地域に潜伏し、

極限状況の中で最後の戦いが繰り広げられた。コルディレラ地方の山中に撤退する日本軍が、道中、旧日本軍の資金を金(きん)に換えてひそかに埋めたと言われる山下財宝伝説は今もなお信じられていて、この地を訪れる日本人は財宝探しを目的に来ているのでは、と疑われるほどだ。地域の人の中には家族を失っている人も多く、彼らにとって大戦はそう遠くない過去の話。私がこのイフガオの村に訪れるのは二度目だったが、日本人であることを安易に口にすることのできない緊張感を常に持ち続けていた。しかし、そんなこちらの不安な気持ちを意に介さず、実際出逢ったイフガオ先住民の人々は、明るく優しくあたたかかった。
今回、登山するにあたって、公認ガイドの資格を持つジョセフ(愛称ヨグヨグ)に道案内を依頼した。前日はハパオ小学校近くのGiovanni’s Placeという、ハパオ川のほとりにあるゲストハウスに宿泊し、夕方ガイドのジョセフと打ち合わせをして、宿のお母さんにはお弁当の準備をお願いした。翌朝5時に、トライシクルで迎えに来てもらい、20~30分ほどで登山口に到着。みんなから、ちょっぴりこわい山の伝説を聞かされていたので、心の中で山の精霊たちに挨拶、そして警察へ入山報告の電話を入れて登山を開始した。
何軒かの民家を通り抜け、最後の家の畑の真ん中で、朝日に照らされたハパオの村と山々を拝むことができた。その後、過去に山火事にあったという低い樹林帯を抜けると、原生林の中に入る。
先日の雨のせいか足元はぬかるんでいて滑りやすい。それに加えて、言葉を失うほどの急登が続く。樹林帯に入ると景色は一望できないが、直射日光から守られ、差し込む光の美しさと苔むした木々と日本の山では見ることのできない可愛らしい高山植物を楽しむことができる。休憩を挟みながら登ること6時間、途中、霧の中を歩きながら、ついに頂上へ到着。森林限界ぎりぎりの標高なため、低い樹林帯の真ん中にぽっかりと空いた広場があり、テントサイトとなっている。まわりには手作りの展望台らしきものが数か所。ここで、前日から滞在していたマニラからの登山パーティーと合流。山好き同士の心は国境を越え、フィリピン料理を振舞ってくれたり、どこで覚えたのか日本の歌で歓迎を受ける。
日が暮れるころには蒔に火をくべてキャンプファイヤーを開始。雷鳴が響き小雨がちらついたので今後の天候を心配したが、気がつくと西の空だけ雲が晴れ夕焼けで茜色に染められた。
夜はジョセフに第二次世界大戦で日本兵に殺されたおじいさんの話を聞いた。しかし彼は、「今はこうしてたくさんの人たちが僕らが誇りとする村に足を運んでくれて、歴史を学び、価値観の共有をすることができる。それはGive and takeなんだ。誰も戦争で人の命が奪われることを望んでない。決して同じ過ちを繰り返してはいけない。それなのになぜ戦争は終わらないのか…。僕らはこんなにも争いのない世界を願っているのに」と声を荒げることなく細々と語った。返す言葉が見つからない私たちを気遣ってか、その後は家族や子どもたちの話、仕事や恋の話で盛り上がり、流れ星に平和への願いをこめた。
翌朝、5時過ぎごろに目を覚ますとすでに薄明るい。すこし肌寒く、寝袋から出たくなかったが、外に出ると360度素晴らしい雲海と燃えるような朝日が広がっていた。ナプラワンのスピリットは私たちを受け入れてくれたのだと、心が震えた。
山の頂、そこは、ある境界線を越えた場所。
そこには静かで壮大な自然の美しさと営みがあり、訪れた私たちに、生きるうえで大切なものは何かを語りかけてくれる。
この感覚は険しい道をも乗り越えた者にのみ与えられるご褒美である。ほんの少しでも過去の歴史を学んだ上で、この地に足を運んでみてほしい。
(文&写真:環境NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク、Share & Guesthouse TALA インターン 阿部佳奈美)

ジャングルのような樹林帯へ
Trekking to the jungle-like forests

朝ごはん。直火で米を炊き上げる
Breakfast: Rice cooked on firewood.

卵も一緒に炊くのは時短と節約の知恵
Cooking rice with egg is a time-saving skill.

炊き立てごはんにゆで卵とフィリピンのソウルフード干し魚Boiled eggs on rice with Philippine’s soul food: dried fish.

愛らしいピンク色の花を発見
Discover adorable pink flowers.

ナプラワンの樹林帯に咲く高原植物Blooms on the high plateau of the forests of Naplawan.