― マラウィ市占拠事件の深層 ―
床呂 郁哉
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

フィリピン国旗をデザインしたハート形のゲート前に集うムスリムの人たち。ラマダン明けの集団礼拝会場で(2016年7月6日)。ドゥテルテ大統領はこの日、「イスラム教徒とフィリピン人が手を携えて、平和で安定した永続的な社会を実現しよう」との声明を発表した。

フィリピン国旗をデザインしたハート形のゲート前に集うムスリムの人たち。ラマダン明けの集団礼拝会場で(2016年7月6日)。ドゥテルテ大統領はこの日、「イスラム教徒とフィリピン人が手を携えて、平和で安定した永続的な社会を実現しよう」との声明を発表した。

「イスラーム国(IS)」の黒旗を掲げた黒づくめの衣装の武装集団の戦闘員が市街地の主だった建物を占拠し、街を奪還しようとする政府軍側と日夜、激しい戦闘を繰り返している。ときおり政府軍のヘリコプターや爆撃機が上空から武装集団の拠点に激しい空爆を加え、市街地では何カ所も大きな黒煙が上がっている。街を脱出した避難民の数は数十万人の規模に達しているが、故郷の街に帰還できる見通しは立っていない……。
これはシリアやイラクの話ではない。フィリピン南部のミンダナオ島に位置するマラウィ市で2017年5月23日に発生し、本稿を執筆している6月28日現在でも進行中の出来事である。南ラナオ出身のマウテ兄弟が率いる500人前後と推定される武装集団(以下、「マウテ集団」と記す)が、マラウィ市を占拠し、国軍と激しい戦闘になっているのだ。同集団には、米政府から国際手配されているイスニロン・ハピロン率いるアブサヤフ集団(以下ASG)メンバーも加勢しているとされる。
ドゥテルテ大統領、戒厳令を発令
この事件発生を受けてドゥテルテ大統領はミンダナオ全土に戒厳令を発令した。この事件による死者は現時点で少なくとも400人近くを数え、また周辺部を含めると既に住人40万人以上が避難民となっている。この他にマウテ集団によって人質とされた住民も100人以上に上り、他に行方不明者も膨大な数になる。このように今回の出来事は、近年のミンダナオにおいても最大規模の損害を与える大事件に発展してしまった。それでは一体、この事件はなぜ起きたのだろうか? マウテ集団とは何者なのだろうか?
「ラナオのイスラーム国」を自称のマウテ集団
事件を起こしたマウテ集団は、もともとマラナオ人であるマウテ一族、とくにオマール(オマールカヤム)とアブドゥッラーの二人を中心とするマウテ兄弟が率いている。彼らは「ラナオのイスラーム国」を自称して昨年(2016年)から南ラナオ周辺で政府軍側としばしば衝突を繰り返してきた。更に今回の事件でマウテ集団と行動を共にしているハピロンは、昨年には中東の「イスラーム国(以下IS)」からフィリピンにおけるアミール、つまりISの現地指導者であることを公認された人物である。今回の事件は、中東でISがアメリカやロシアを含む軍事作戦によって支配地域からの後退を強いられているなかで、ミンダナオをISの新たな拠点として確立しようとする動きの一環ではないかと分析する見方も強い。
こうしたISとの国際的な繋がりは、確かに今回の事件を考える上で無視できない要素であり、実際に今回の事件でもマレーシア人やインドネシア人さらには中東などを含む複数の外国人が参加しているとされる。
一部モロの和平プロセスへの不満も関係か
しかしながら、他方でフィリピンのローカルな国内事情も、今回の事件を考察する際に見落としてはならないだろう。そもそもフィリピン南部は、伝統的に「モロ」と総称されるムスリム少数民族が多く暮らす地域として知られる。現在もムスリムの武装組織であるモロ民族解放戦線(MNLF)やモロ・イスラーム解放戦線(MILF)と政府側の和平プロセスが進行中であるが、今回のマラウィ市の事件も、和平プロセスの進展の遅れへの一部のモロの不満が関係している可能性が高い。そもそもアキノ前大統領政権期に、MILFとフィリピン政府側は、ミンダナオでの高度な自治をモロに認める内容の和平協定に合意していた。その内容はバンサモロ基本法(BBL)という法案として提出されたが、紆余曲折の結果、BBLは国会で承認を得ることができず、和平プロセスは大きな後退を強いられていたのが昨年前半までのミンダナオ和平をめぐる状況であった。
ムスリムの血を引くドゥテルテ大統領
こうしたなかで約1年前にアキノ前大統領に代わって新大統領に就任したのがロドリゴ・ドゥテルテだった。ときに「フィリピンのドナルド・トランプ」という別名で呼ばれることもあるドゥテルテ大統領だが、本家トランプとは異なり、少数派ムスリムに対しては、実はダバオ市長時代から概して融和的な政策を取ってきた。日本ではあまり知られていないが、ドゥテルテ自身も母方からムスリム(マラナオ人)の血を引き、さらに息子もムスリム(タウスグ人)と結婚するなど身内にムスリムを抱えている。昨年の大統領選挙時の選挙運動期間中も、筆者が参加した集会の現場でドゥテルテは「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」というアラビア語の言葉を叫ぶなど、ムスリム向けのパフォーマンスも欠かさなかった。実際、ドゥテルテはミンダナオ出身の初の大統領としてムスリムの間でも人気は高い。
若い世代、政府との和平交渉に幻滅も
このようにムスリムに対しては、意外(?)にも融和的なドゥテルテ大統領であるが、就任後は麻薬犯罪への強権的な取り締まりを政策の最大の目玉として推進していることもあり、その反面としてミンダナオ和平プロセスはやや遅れがちである印象も否めない。こうした状況のなか、一部のモロ、とくに若い世代のなかには、政府との和平交渉に幻滅し、より過激な武装組織に身を投じる者も少なからず出てきている。他ならぬマウテ兄弟自身も、以前はMILFに所属し、ラナオのMILFの有力幹部の一人と親戚関係を含む近しい関係にあったとも言われている。
一部の軍や政治家が武装組織と内通も
また、過激なイスラーム主義を掲げる武装組織の活動を、政府側がいつまでも根絶できないもう一つの理由として、一部の腐敗した軍関係者や地元政治家がイスラーム武装組織と内通している可能性も指摘されている。特に今回の事件にも参加したASGは、これまでに外国人を含む人質誘拐事件を何度も起こしてきたが、そこで獲得した高額の身代金の一部は、地元の政治家や一部の腐敗した軍人などにも流れているという疑惑が以前から指摘されてきた。すなわち、身代金の一部を「キックバック」として一部の軍人や政治家へ渡す見返りとして、ASG側には軍の武器弾薬が横流しされたり、軍の掃討作戦の情報が事前に流れるなど、いわば「持ちつ持たれつ」の関係が成立しているという疑惑である。
就任2年目の大統領、まさに正念場
和平プロセス進展させ、腐敗にメスを
話を今回のマラウィ市の事件に戻すと、今後は軍事的に優勢な政府軍側によってマウテ集団はそう遠くないうちに制圧されることがほぼ確実と予想されている。その意味で、ミンダナオをシリアなどに次ぐISの新たな支配地域にするというマウテ集団の野望は、少なくとも短期的には頓挫する可能性が高いだろう。
しかしながら、今後、MILFなど主流のムスリム武装組織とフィリピン政府の和平プロセスが遅れを来たしたり、先に指摘した一部の腐敗した地元政治家・軍人らとASGなどとの共謀関係にメスが入らない限りは、各種のテロ事件等が今後も起きないという保証は全くない。この意味で、就任2年目に入るドゥテルテ大統領は、ムスリムを含む国民の期待に応えて、ミンダナオに真の平和をもたらすことができるのか、まさに正念場を迎えつつあると言えるだろう。
(写真:編集部)

マニラ市内にある礼拝所、ゴールデンモスク。首都圏ではマラナオ人が多数を占める。DVDや真珠、携帯電話などの小売業に従事している人が多い。

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マニラ市内で行われたイスラム教徒の断食月「ラマダン」明けの集団礼拝でマラウィ市復興のための募金活動を報じるインクワイアラー紙(6月26日号)

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