(左)ルソン地方北部イフガオでつくられたティクバラン(Tikbalang)の像。馬の頭、人間の上半身、馬の下肢を持ち、フィリピンの山や森に棲むと言われる伝説の怪物。(右)イノシシの骨格。 イフガオで妖術に使われていたものと思われる。

 

 

 博物館には、国や地方自治体、企業などが設立したもののほか、個人によって設立されたものがある。個人による博物館は、収集趣味の昇華のような、創設者の思いが反映されていてユニークなものが多い。コミュニティ防疫が始まる前、3月上旬に訪れた首都圏マリキナ市の本の博物館&民俗学 セ ン タ ー(The Book Museum cum Ethnology Center) は ま さ に そ ん な 場 所だった。

 

248カ国を旅して集めた本

 

 本の博物館&民俗学センターの設立者はフィリピン有数の法律関連の老舗出版・書店のレックス・グループの社長であるドミナドール “ ジミー ” ブハイン氏。本の博物館と民俗学センター、どちらも個人のコレクションとは思えないスケールを誇る。

 

 本の博物館にはブハイン氏が旅した 248 カ国・地域で収集した書物が展示されている。国・地域別に分けられていて、南極や北極のコーナーもある。 本を見ながら世界旅行気分を楽しめ、旅に出たくなる。さらに、この博物館の目玉が世界最小の本のコレクション。正直、何のためにこんな読みにくい本を作ったんだろうと思ってしまうが、製作者の情熱と技巧には恐れ入る。

 

ブハイン氏が集めた本が国・地域別にアルファベット順に展示され、実際に手に取って見ることができる。

極小の本。日本の印刷会社による『星の王子さま』も。

 

 

民族の伝統、慣習を語る品々

 

 本の博物館と同じ敷地にある民俗学センターは2つの建物があり、一つはフィリピン北部のルソン地方の民族に関するもの、もう一つは南部ミンダナオ地方の民族にまつわる品々が展示されている。衣装、器、農耕用具、人形、楽器、刀剣など、その種類と点数に圧倒される。動物の骨格、実際に使われたという棺桶、ミイラ、首狩りされた頭蓋骨の置物など、夜に1人で来ないでよかったと思える展示物もある。

 

 訪れる前、私は本と民俗学の博物館がどうして同じ敷地にあるのか不思議だった。来てみると、本も先住民族の手による品々も、どちらも人類の叡智の産物であり、見る者の知的な好奇心を刺激するという共通点がある。

 

 ブハイン氏はなぜこれほどの品を収集し、博物館を設立するまでにいたったのか。ぜひインタビューを読んでいただきたい。博物館に併設されているジェームズ・ディーンカフェも博物館に劣らずユニーク。博物館は現在は防疫のため休館中だが、コロナ禍が終息したらぜひマリキナ市へ行ってみてほしい。

イフガオ族によって作られた木像。米の守護神ブロル。

ミンダナオ地方の先住民族の伝統衣装。

 

(左) 首狩りされた人間の頭蓋骨と豚の頭部の骨。(右)実際に使われた埋葬用の木製棺桶。写真の棺桶は亡き骸が掘り起こされて2度目の埋葬に使われたものと思われ、通常の棺桶よりも小さい。 上蓋に彫られたトカゲの模様はコルディリエラ地方では、米収穫の守護神、長寿、また先祖から現世へ警告を伝える使者などさまざまな意味を持つ。

 

 

インタビュー 「博物館の運営は無償の情熱」

ドミナドール D. ブハイン さん Mr. Dominador D. Buhain, Chairman / President, Rex Group of Companies

 

 私が本の博物館&民俗学センターを開設したのは、2015 年 3 月 13 日。私の 70 歳の誕生日です。何年にも渡って集めてきたものを多くの人に見てもらいたいという思いがあったこと、そして家に私が買ってきたものがあふれてしまうことを嘆いていた妻を 12 年前に亡くしたことが、博物館開設の契機になりました。

 

 私はこれまでにフィリピン 81 州すべてと世界248 カ国・地域、408 のユネスコ世界遺産を訪ねました。収集した品は行くのが難しい旅行先、多くの人にとっては行く機会がないであろう土地で集めたもの。そうしたものを多くの人に見てもらうために博物館を設立しました。

 

 私がこれまで集めた中で、最も重要なものを3点挙げるとすれば、本の博物館に展示しているチベットの民族服、自宅に持っているフィリピン人の壁画家ボトン・フランシスコの作品、そして、バナウエ・ヘリテージホテル&博物館にある最古のブルル(bulul /イフガオ族が米を守るために彫る木像)です。また収集品にまつわる経験で忘れられないことといえば、ブルガリアでの出来事。その品に軍用品が含まれていたことから、税関職員などから少なくとも4回の取り調べを受けることになりました。 

 

 博物館の運営には莫大な費用がかかりますが、政府からの援助にも頼っていません。この投資は見返りを求めない、無償の情熱です。残念ながら、多くのフィリピン人の中には博物館を訪れて見識を深めるといったことへの情熱はまだ熟成されていないように思います。しかし中には、文化遺産の保存への努力を認め、感謝してくれる人もいるのです。私は現在の本の博物館の中に、もうひとつ博物館を開設しようと思っています。そこではアフリカで収集したもの、そしてキリスト教に関するものを展示する予定です。

 

博物館オーナーのブハイン氏は、自分のニックネームを「ジミー」とするほどのジェームズ・ディーンのファン。併設のジェームスディーンカフェにはジェームズ・ディーンのコレクションを展示。

The Book Museum Cum Ethnology Center, 127 Dao St., Marikina Heights, Marikina City Tel: (02) 8570-4449 Admission: 300 pesos https://www.facebook.com/BookMuseum/

 

Banaue Heritage Hotel and Museum バナウエ棚田群を望む丘に立つバナウエ・ヘリテージホテルと、イフガオの珍しい工芸品を数多く展示する博物館。 https://banaueheritage.com/