ドイツの非政府組織(NGO)「ジャーマンウオッチ(Germanwatch)」は1月25日、台風や洪水などの気象災害の影響をランク付けした報告書「世界気候リスク・インデックス」の2021年版を公開した。それによると、2000〜2019年の20年間でもっとも自然災害によって影響を受けた国として、フィリピンが4位にランクインしている。
2020年、自然災害は人々がCOVID-19の感染拡大に苦しむ中でもお構いなくフィリピン各地を襲った。10月と11月の2カ月の間にフィリピンに影響を及ぼした台風の数はなんと8つ(15号から22号のすべて)。特に19号フィリピン名「ロリー」(11月1日カタンドゥアネス島に上陸)と22号「ユリシーズ」(11月12日ルソン島中部ケソン州上陸)は、大きな被害をもたらした。
ロリーは、上陸時の最大風速(1分間平均)が87m/sで、米軍合同台風警報センター(JTWC)の解析では、世界の観測史上最強の勢力で上陸した台風だという。これらの台風の影響で、ルソン島はマニラ首都圏を含む各地で洪水、土砂崩れ、家屋倒壊などの被害が出た。
台風といえばフィリピンでは、日本における夏にやってくるものというのが常識だったが、昨年は7月に発生した台風はゼロ。これも統計史上初めてだったそうだ。
世界遺産の棚田があるイフガオ州の台風被害
私たち「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)」の活動地域である北部ルソンでこれだけ大きな台風の影響が出たのは、2009年の9月末の16号オンドイ、17号ぺペン、そして2010年10月の13号フアン以来、ほぼ10年ぶりだった。急峻な山々が連なる山岳地方は、大型台風の直撃を受けたり、大雨が降り続いたりすると、土砂崩れがいたるところで起きる。特に山を切り開いて作られた道路や段々畑で被害が大きくなる傾向があり、人々の暮らしを直撃する。幸いにも昨年の台風被害は、コーディリエラ山岳地方に関していえば、10年前より小さく済んだ。
2020年11月12日未明に上陸した台風ユリシーズの犠牲者が山岳地方で一番多かったのは、ユネスコ世界遺産(文化遺産)の棚田で知られるイフガオ州だった。雄大な棚田が眺められる展望台のあるバナウェ郡で起きた土砂崩れでは、12名が生き埋めとなった。イフガオ州キアンガン郡に住むCGNのボランティアスタッフからは、同州アシプロ郡、ティノック郡、ラムット郡,フンドアン郡などでも土砂崩れが起き、道路が通行止めになっていると連絡があった。
CGNが環境教育事業やスタディツアーなどでお世話になってきたフンドアン郡ハパオ村の世界遺産の棚田のツアーガイド、ジョセフさんからは、「ハパオ川が壊れていた堤防からあふれだし、あわや家ごと流されるところだった」とメッセージが来た。ひっ切りなしにやってきた台風で山の森の貯水力は限界に達し、山の神様が棲むと信仰されるナプラワン山から流れてく川の水量が恐ろしい勢いで増えたという。「あと1日、もしかしたらあと数時間、雨が降り続いていたら私たちの家は水没していたのではないか。私たちの命の糧である棚田も浸水するところだった」とジョセフさんは言う。自然に近いところで暮らし、常にその脅威に畏敬の念を抱きながら生きてきた先住民は、誰よりも今までにない気候の変化と恐怖を感じている。
ハパオ村の川の堤防は2005年に日本政府のサポートで建設されたものだ。それまで棚田に浸水被害を及ぼしてきた洪水を防ぐために、約1キロにわたって川の両側に3〜4メートルの高さの石垣による堤防を築いた(対岸はバアン村、ナングルナン村)。そのうちの一部が2018年に崩れ、昨年までに総27メートルが決壊した。雨が降り続くたびに小さな子供たちと年老いた両親とともに暮らすジョセフさん一家は眠れない夜を過ごしてきた。
ハパオと日本、そしてCGNのつながり
ハパオは日本とはゆかりの深いところだ。ハパオのあるフンドアン郡の隣、ティノック郡のアバタンに、第2次世界大戦中追い詰められた山下奉文大将が率いる日本軍第14方面軍が大和基地を築いた。山下大将は1945年9月2日に投降したが、多くの日本兵や民間人がハパオを含むイフガオで命を失っている。
私たちCGNは、ハパオで今も残る世界遺産の棚田での伝統の暮らし、先住民族の文化、第2次世界大戦などをテーマにスタディツアーを企画してきた。2010年には棚田の村で大戦で亡くなった人のための慰霊のアートプロジェクトを行ったこともある。
2018年には、世界農業遺産にも指定されている貴重な伝統農法について、現地コミュニティの人々がその価値を学び、継承に意欲を持ってほしいという思いから、地域の高校生や教員を対象に聞き書きによる環境教育事業「演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ」を開催。その年にはイフガオから数名の教員らを長野県上田市に招待して、国際交流と公演を行った。
日本人篤志家が支援 伝統の技法で人力工事
マニラ在住の実業家・屋良朝彦氏に「ハパオ川の堤防の修復ができず、この気候変動でまた大雨や台風が来たら、世界遺産の棚田が水没しかねない」という話をしたところ、快くサポートの申し出をいただいた。さっそくフンドアン郡政府のエンジニアによる修復工事プランと、予算書が送られてきた。総工事費は70万ペソ(約150万円)。長さ27メートル、高さ4メートル、厚さ1.5メートル(上部は70㎝)の堤防壁を建設するというものだ。屋良氏からのサポートに加え、広く寄付を募ることにした。
2月は田植えの時期で、ハパオ村の人たちは忙しい。できるだけ早く工事を終えたいと、集落の人は年明け早々から建設作業を開始している。ハパオ川沿いの工事現場へは、車が通れる道がない。道路から田んぼのあぜ道を歩いて、セメントや砂などの資材を運ぶ。石壁に使う石を川から運びそれを積み上げるのもすべてが人力である。
一説では2000年の歴史があるというイフガオ州の世界遺産の棚田。先祖代々の棚田の石垣づくりの技術が、このプロジェクトではいかされている。棚田の壁では石と泥だけで積まれるが、この事業では泥ではなくセメントで固める。棚田の石垣を積む知識や技術を持つ人はイフガオの言葉で「ムントゥピン」と呼ばれる伝統の専門職だ。今ではハパオでは新たな棚田が作られることはなく、ムントゥピンの技術もすたれかかっているという。「このプロジェクトはムントゥピンの技術を若者たちに伝える機会にもなっている」とジョセフさんは笑う。
世界中で頻発する自然災害。そして収束の見えないCOVID-19の感染拡大。誰もが心に余裕を失い、将来に不安を感じている。こんな時こそ棚田の写真を見ると、イフガオ州の圧倒的な歴史と伝統に裏付けされたその美しさに心を奪われるのだ。
世界遺産の棚田を守る堤防修復工事にご協力をお願いいたします。
コーディリエラ・グリーン・ネットワークでは、世界遺産の棚田を守るため、イフガオ州ハパオ川堤防修復工事支援の寄付の募集を行っています。
【クレジットカードでのご寄付】
https://syncable.biz/associate/cordilleragreen/donate/
- フィリピン国内からのご寄付
【振込先】
Banco de Oro(BDO)
Branch: Leonard Wood Road
Account Number: 012930019561
Account Name: Mariko S Banasan
- 日本国内からの寄付
【振込先】
広島銀行
支店名:向島支店
店番号:097
口座番号:普通 3077610
口座名:コーディリエラグリーンネットワーク日本事務局
「イフガオ州ハパオの世界遺産の棚田を守るプロジェクト」の工事の様子はフェイスブック・ページで最新情報を発信中。
https://www.facebook.com/hapaotanadasupport
環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業を運営。
Yagam Coffee オンラインショップ https://www.yagamcoffeeshop.com/
コーディリエラ・グリーン・ネットワーク https://cordigreen.jimdofree.com/