大手資本による大規模開発

 

 3月13日、バギオ市の目抜き通りセッションロードを下ったところにある広場(ピープルズ・パーク)で、「バギオ・マーケットを救え(Save Baguio Market)」をテーマにオープンエアの展覧会がスタートした。バギオを代表する現代美術家カワヤン・デ・ギア、レオナルド・アギナルドなどのアート作品と、バギオ・パブリック・マーケットの歴史を物語る写真や記録が展示されている。

 

アート展を企画したカワヤン・デ・ギアの写真作品(左)と、第二次世界大戦下のマーケットの写真(右)

 昨年10月、バギオ市長はパブリック・マーケットの近代化をSMプライム・ホールディングス(SMPH)をパートナーとして進めることを発表。かねてから、老朽化が問題とされていたマーケットの再開発案の公募が行われていた。マーケットの商店オーナーたちの共同組織の要望は、提出必要書類が整っていないことを理由に退けられ、競合のロビンソン・ランド・コーポレーション(Robinsons Land Corporation /RLC)の計画案と比較して、市はSMPH一本に絞った。

 

マーケット内に貼られたスローガン「マーケットは市民のもの!!」

毎日3時にマーケットの商店は先住民族伝統楽器のガンサ(銅鑼)をたたき、 抗議の意思表示を続けている。動画:https://photos.app.goo.gl/a6ToBYu8hZ1hXSpg9

 

 計画では、市は現在のマーケットの敷地3.5ヘクタールをSMPHに50年契約でリース(その後は25年の自動更新)。SMPHは7階建ての商業ビルを建設し、1平方メートルあたり100ペソを支払う(5年ごとに3%賃料が上がる)。7階建てのうち2フロアをマーケットとし、それ以外の5フロアを2,000台収容の駐車場と商業施設としてSMPHが管理する。この計画の総工費は60億ペソとされている。

 

 これに対して、マーケットの商店主、バギオ在のアーティストや学識経験者、ジャーナリストなどが、住民とともに反対の声を上げている。歴史あるバギオの市場を外部の企業によってショッピングモール化するべきではない、というのがその意見だ。

 

山岳地方出身の現代美術家、ロッキー・カヒガンの作品。

 

 

100年の歴史がある市場

 

 バギオ市の歴史は、マーケットの歩みとともにあったと言っていい。市場の一角にある碑には、現在のマーケットの前身であるバギオ・ストーン・マーケットは、1917年にドイツ人の囚人たちの手によって作られたものと書いてあり、すでに100年以上の歴史があることになる。アーティストによる展示では、ストーン・マーケット以前、米国統治下での1908年の路上市の様子を描いた絵画の写真、第2次世界大戦で廃墟となった市場の写真、1990年のバギオ大地震の時に撮られた写真などが展示され、常にバギオ市民たちとともに歩んできたマーケットの歴史を実感する。アーティストたちは、それぞれの表現方法で、バギオ・パブリック・マーケットに対する思いと、ショッピングモール化への反対の意思を表現している。

 

ストーン・マーケットの歴史を記した碑。 (Photo:Baguio Chronicle  https://www.facebook.com/baguio.chronicle/posts/3604461459609885)

100年以上前に作られたストーン・マーケットの名残り。(Photo : Analyn Salvador-Amores)

 

 

バギオならではのカオスな市場

 

 

 どこの国でも、市場はその国の文化と暮らしを凝縮した場所と言っていいだろう。旅好きの間では「その国を知りたかったら、まず市場へ」が合言葉だ。バギオのマーケットもしかり。オールド・マーケットと呼ばれるセクションには、フィリピン随一の野菜生産地ベンゲット州各地から届いた色とりどりの新鮮な野菜が積まれ、観光客目当てに栽培された名産のイチゴが見事に山型にディスプレイされている。その奥のハンガー・マーケットは、地元の人しか行かない野菜の卸しセクション。たくましい男たちが、これでもかと野菜を山積みにした手押し車を裏手に横付けされたトラックまで運ぶ掛け声が響く。ミート・セクションで目をひくのは、先住民族の伝統スープ「ピヌピカン」用のあぶった丸ごとの鶏。先住民が多く暮らすバギオならではのものだ。

 

以前はイバロイ族の伝統のかごにさまざまな農産物を入れて販売していた。

 

 土産を売る商店が並ぶマハリカビルには、先住民が先祖の代から受け継いできた貴重な手仕事のクラフトや、背に腹をかえられずに手放されたであろう貴重なアンティーク、最近は中国製の模造品なども混沌(こんとん)と積み上げられ、まさにバギオの歴史そのもののようだ。

 

 1ペソでも高く売ろうという人々の欲とエネルギーが渦巻く市場は、気を引き締めて出かけないと、そのエネルギーにやられてしまう。でも、その混沌こそが、さまざまな先住民、マニラなどから一旗揚げようとやってきた商人、バギオならではの歴史と文化に惹かれ移住した文化人などが交錯し、しかしバランスを保ちながら暮らすバギオの魅力そのものであると思う。

 

コロナ感染拡大で観光客が激減し苦境に立つ土産物店には、泣きっ面にハチの再開発計画。

 

 バギオ市にマーケット再開発のための資金がないという事情もあっての民間巨大企業へのリースと開発委託なのだろうが、バギオらしさが姿を消してしまうのではないかと残念だ。当事者である商店主たちとの話し合いなど、取るべき手順をおろそかにしているとの批判もある。

 

 冒頭で紹介した展覧会は、「バギオ市民たちの意見を求める」というメッセージを力強く発信している。

 

 

 

反町 眞理子

環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業を運営。

Yagam Coffee オンラインショップ https://www.yagamcoffeeshop.com/

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク  https://cordigreen.jimdofree.com/