レストランでのディナーやホームパーティー、パンデミック中の家飲みの時間を彩ってくれるワイン。世界中で愛されているワインですが、フィリピンではどうなのでしょうか。フィリピンのワイン事情と、ワインの魅力について、3月に設立5周年を迎えたエステートワインの渡辺千穂さんに聞きました。

(聞き手:時澤圭一 写真撮影:Bylson ‘Monty’ Sy、Sean Aleta、写真提供:Estate  Wine)  

 

 

渡辺千穂さん Chiho Watanabe
東京都出身。米国テキサス州で大学を卒業し、1993年に来比。米国系銀行で日系企業担当の営業等を経て2016年エステートワイン設立。ワインエキスパート、ウイスキーエキスパート、酒ディプロマ、証券アナリスト、ファイナンシャル・プランナー、証券外務員等の資格を保持。「フランスで食事中、地元の人たちがチーズとワインの相性についての知識を身に付けているのを見て、チーズについて知らなくてはと思い、チーズ検定も取りました」

写真:エステートワインが扱うワインの中でも最高級のハンドレッド・エーカー(Hundred Acre)を手に。「妥協なき完璧をめざし、『100』という数字にこだわった米国カリフォルニア州ナパバレーのカベルネ・ソーヴィニヨン。世界で最も影響力があるとされるワイン評論家ロバート・パーカーが何度も100点満点を与えたことでも知られるカルトワインです」

 

 

酒の席での何気ない言葉から
英国王室御用達企業のパートナーに

 

 

 エステートワインを設立したのは、ワインを通じて出会った縁がきっかけです。もともとお酒が大好きで、フィリピンで米国系銀行の激務をこなす中、友人とワインを楽しんでいました。そのつながりで英国ベリー・ブラザーズ&ラッド(Berry Bros.&Rudd)のアジア地域を担当している責任者と知り合ったんです。ベリー・ブラザーズ&ラッドは1698年、和暦では元禄11年創業の英国王室御用達のワイン・酒商で、アジアでは香港、シンガポール、日本に支社があります。ある時、その方からフィリピン市場のパートナーを探していると言われました。

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドのフランス産スパークリングワイン、クレマン・ド・リムー ブリュット(Cremant De Limoux Brut)。ボトルに英国王室御用達の紋章が付く。「英国とワインのイメージは結びつかないかもしれませんが、フランスのボルドー地方はかつて英国領。ボルドー産赤ワインは英語でクラレット(Claret)と言います。欧州産オールドワールドワインは産地、地方で飲み、豪州や南アフリカ、南米のニューワールドワインはブドウの品種で飲むと言われます。オールドワールドののラベルには産地、地方名が記してあるのに対し、ニューワールドのワインはブドウの品種が書いてあります」

 

 

 私が酒の席で軽く肯定的な返事をしたところ、あれよあれよという間に話が進み、フィリピンでのベリー・ブラザーズ&ラッドの独占的パートナーとして、ワイン輸入・販売会社のエステートワインを起業した次第です。銀行を退職し、ワインのビジネスを始めるに当たってワインエキスパートの資格をめざしました。日本での受験まで1カ月半しか準備期間がなく、朝から夜まで地理、ブドウの種類、ワインの歴史の勉強をしていました。ちなみにワインエキスパートを受験した人は7割が女性だったのに対し、その後に取得したウイスキーエキスパートは8割が男性でしたね。

 

「ワインの資格の世界最高峰とされるマスター・オブ・ワインは世界に369人。ベリー・ブラザース&ラッドには6人所属し、ジャスパー・モリス(Jasper Morris)氏はその中の1人でブルゴーニュワインの権威者です」

「ベリー・ブラザース&ラッド本店を訪問した際に訪れた創業時からのオリジナルのセラー。ナポレオンをかくまったこともある場所として知られています」

 

フィリピン人のワイン嗜好に変化
欧州に未知のフィリピン市場を紹介

 

 

 コロナ禍前の2019年の時点で、フィリピンの酒の消費量でワインが占める割合は約2%、国民1人が1年に飲むワインはグラス1杯、200cc程度と言われていました。また消費されるのはフィリピン産甘口ワインのノベリーノとカリフォルニアワインのカルロロッシ、これらスーパーマーケットで売られているワインが市場の3分の2を占め、残りの3分の1がワイン商が扱う輸入ワインとされています。輸入ワイン量の上位は米国、オーストラリア、スペインの順で、金額ベースでは米国、オーストラリア、フランスです。

ロマネ・コンティ(Romanée-Conti/フランス・ブルゴーニュ)のオーナー、オベール・ド・ヴィレーヌ (Aubert de Villaine)氏と、2015年12月にパリで行われたワインのイベントで。

 

 当社では、エントリーレベルの手頃な600ペソから、高いものでは4万ペソのワインを扱っており、客層の中心はファッションに敏感な若い富裕層です。会社を設立した5年前は、フィリピン人が飲むのは赤ワインばかり。白ワインは酸味が強く胃に悪いと信じられていたんです。今はだんだん白ワインやスパークリングワインを飲む人も増えてきました。

 

 昨年からコロナ禍の影響でホテルやレストランへの卸売りが難しくなりましたが、フィリピン人スタッフが率先してSNSでワインの情報を発信し、オンラインでの小売りに力を入れてくれました。また本来ならばドイツ、フランス、イタリアへ買い付けに行くはずだったのですが、見本市も中止になってしまい、行けませんでした。実はヨーロッパへ買い付けに行くとわかるのは、フィリピンという国を知らない人が多いこと。東南アジアの国で、英語が通じて、キリスト教徒が多くて・・・・・・という具合に、まずはフィリピンという国を知ってもらうことから始めなくてはなりません。そうしてはじめて「うちのワインをフィリピンに出してみようか」となるわけです。

 

 

 当社で扱っているワインは、基本的に私がワイナリーを訪れて交渉し、選んだもの。味はもちろん、ワイナリーがきれいに保たれているか、丁寧にワイン作りをしているかといった点も重視しています。

「シャトー・パルメ(Chateaux Palmer/フランス・ボルドー)の醸造責任者トマ・デュルー(Thomas Duroux)氏。ヨーロッパで注目されている有機農法『ビオディナミ農法』をいち早く取り入れています」

 

先入観なく楽しみたいワイン
会社の成長は顧客とともに

 

 

これまで出会ったワインで印象に残っているものを挙げるなら、南フランス・ローヌ地方のシャトーライアス(CHATEAU RAYAS)。16年前、マニラで友人が持ってきてくれたのをいただいたのですが、花のような香りといい、本当にすばらしかった。ワインは気候と土壌、天と地の産物であり、それぞれにストーリーがあります。またワインが好きな人なら、誰もが忘れがたい、印象に残るワイン体験を持っている。そして人と人をつなぎ、近づけてくれるのがワインの魅力の一つです。

ミラバル・コート・ド・プロバンス(Miraval Côtes de Provence)は、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが南フランスに所有するワイナリーのロゼ

 皆さんにワインをもっと自由に楽しんでほしいと思います。肉には赤ワイン、シーフードには白ワインといった既存のルールにとらわれずに。例えば、ドイツでは豚肉と一緒に白ワインを楽しんでいるんですから。フィリピンのワイン市場の将来について言えば、伸びしろしかありません。可能性に満ちています。シャンパンやスパークリングワインの人気が高まることに注目していますし、日本酒や焼酎を扱うことも考えています。少し多めにお金を払うことで得られる付加価値がわかる顧客といっしょに、当社も成長していきたい。Grow with Customers が、エステートワインの理念です。

 

 

Estate Wine
世界各国のワインをはじめ、シングルモルトウイスキー、ジンなども取りそろえている。
Ground Floor, Republic Glass Building, 196 Salcedo St., Legaspi Village, Makati City
Tel:02-8804-5028 営業時間:月〜土9am〜6pm
https://estatewine.com.ph/
https://www.facebook.com/estatewine/

 

 

 

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