石積みで創世記を再現
バギオ市のベンジャミン・B・マガロン市長は2022年11月8日、新たな観光地として多くの観光客でにぎわっていた「イゴロット・ストーン・キングダム(イゴロット石の王国)」の閉鎖を命じた。石造りの建造物が建築許可を受けておらず、その安全性が疑問視され、営業許可も得ていないというのが理由だ。オーナーのピオ・ベラスコ氏は違反の指摘や増築の中止命令も無視し続けていたため、バギオ市建物建築事務所(CBAO)が国家建築基準法違反で刑事事件として提訴した。
ベラスコ氏は2020年3月にコロナの感染拡大でコミュニティー防疫が実施された時、長い間放置していたこの土地の利用法を考え始めたという。そこで思い出したのが、自身が幼少期を過ごしたマウンテン州で聞いた「イゴロット族」と総称されるコーディリエラに暮らす先住民の創世の物語。先住民が棚田づくりで培ってきた「リプロップ」と呼ばれる石積みの技術によって、その物語を表現しようと思い立った。
SNS映えスポット
パンデミックによって移動が規制されていた1年の間に着々と工事を進め、6000平方メートルの広大な土地に建造物を完成させて、2021年6月にオープンした。主な見どころは、イゴロットの最初の男女と言われるガタンとバンガンをイメージした塔、山の神カブニャンの塔など。幅約2メートル、高さ約2メートル、全長約20メートルのトンネルもある。ほぼ手作業による見事な石積みのこの建造物は、バギオ市が観光客の受け入れを再開するとともに評判を呼び、SNSなどで写真が広くシェアされて、あれよあれよという間に行列ができる観光スポットになった。
先住民コミュニティーの棚田の壁は石と泥だけで積み上げられ、何千年もの間維持されてきたとされる。だがさすがにバギオ市内の建造物はこの手法では無理で、イゴロット・ストーン・キングダムはセメントで補強されているという。しかし、アジア開発銀行とバギオ市災害リスク軽減管理局(CDRRMO)が実施したバギオ市の気候リスクと脆弱性評価(CRVA)によって、イゴロット・ストーン・キングダムは「地滑りの危険性が非常に高い」との指摘を受けた。また、環境天然資源省(DENR)鉱山地質科学局もこの建造物がある土地を「浸食されやすい」と指摘。こうした評価を基に、マガロン市長は「事故が起きてからでは遅い」と、施設の閉鎖を命じた。
幻の石の王国
バギオを訪れる観光客の数は増え続けているが、美術館や公園などはあるものの十分な観光施設があるとは言えない。そんな中、松林の中を吹く涼やかな風を楽しむとともに、先住民文化をテーマとした観光施設が多くの人の注目を集め、ビジネスとしても成り立つことを証明したのが、このイゴロット・ストーン・キングダムだった。あまりに巨大な建造物ゆえに、今後改築や補強をして営業再開の許可を取ることは難しく、たった1年の間のみ存在した幻の「石の王国」となることは必至と思われる。残念ではあるが、北ルソンでは昨年来、地震が頻発し、大型台風の襲来も以前に比べて多く、やむを得ない措置であろう。
今回閉鎖を受け入れたベラスコ氏だが、バギオ市の隣りベンゲット州トゥバ町にイゴロット・ストーン・キングダムを再建すると鼻息が荒い。
「アートの町」を前面に打ち出して洗練された観光戦略を練るバギオ市は、その歴史を紐解けば先住民の土地でもある。外国からの侵略に抗ってきた歴史と、その豊かな伝統文化を正しく伝える新たなアトラクションが誕生し、観光客を惹きつける日も近いかもしれない。
反町 眞理子
環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業Yagam Coffeeを運営。
コーディリエラ・グリーン・ネットワーク https://cordigreen.jimdofree.com/