まにら新聞では毎年正月に十二支にちなんだ企画を掲載している。その年の干支の動物についての記事を書くのだが、今年は例年とは勝手が違う。なぜならご存じの通り、辰年の竜は実在する動物ではないからだ。よりによって辰年の担当になろうとは……。「竜のひげをアリが狙う」ような状況の中、マニラで「竜」を探してみた。旧正月元旦の今日、皆さんも竜を探しに出かけてみてはいかが?

 

※本記事は、まにら新聞2024年1月2日号掲載の記事を再編集したものです。掲載情報は、2023年12月の取材時点のものです。

 

 

竜を知る。

 

フィリピンの竜

 

 竜は実在しない動物だが、私たちは竜と聞くとすぐに思い浮かべることができる。それは、洋の東西を問わず、世界各国に竜にまつわる伝説・民話があり、人間が創造した竜の姿を見たことがあるからだろう。そして、フィリピンにも竜の伝説がある。フィリピンの詩人・作家フェルナンド・バイザー(Fernando Buyser, 1879-1946)が 1913年にビサヤ地方の昔話をまとめた『Mga Sugilanong Karaan』 (Old Stories) の中に、バクナワ(Bakunawa)という竜の話が出てくる。

 

 

西洋の竜(CC BY-SA 4.0 DEED Petar Milošević)と、日本で竜といえば、この姿。 (Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0 DEED, Summer Palace, Beijing, China)

 

 その昔、バサラ(Bathala、古代タガログ人が信仰していた神)は7つの月を創造し、その月のおかげで毎晩夜空は輝き、地上は明るく照らされていた。しかし、ある晩、恐ろしい大蛇のような怪物が現れて美しい夜空を消し去り、6つの月を飲み込んでしまった。人々は、その怪物をバクナワと呼んだ。

月を食べる竜、バクナワ (Bakunawa ~ The Moon Eating Water Dragon By xxlovelycutiexx (Adrenia) VIA DeviantArt)

 

 6つの月が食べられてしまったのを見た神は、残った1つの月に竹を植えた。地上の人々は、残った1つの月をバクナワから守らねばと決心した。ある晩、バクナワが最後の月を襲っているのを見た人々は大声をあげ、太鼓やあらゆる物を打ち鳴らし、子どもも大人も、誰もが「私たちの月を返せ!」と叫んだ。月が食べられてしまったら、この世の終わりがやってくると人々は恐れ、地にひざまずいて祈った。そして、バクナワが月を吐き出したのを見て、人々は喜び、安堵し、神に感謝した。

 

 

 神が月に植えた竹によって、バクナワは月を飲み込むことができなかったのだ。その竹は今も月の表面に黒く丸い跡となって見ることができる。(編集部要約)

 

 

 ビサヤ地方ではバクナワによって月蝕が起きるとされ、その昔、月蝕が始まると子どもたちは「私たちの月がバクナワに食べられた。返してちょうだい」とヒリガイノン語の歌を唄ったという。

 

 バクナワのヘビのような姿は東洋の竜をイメージさせるが、人々を苦しめる存在であるという点では、西洋に伝わる邪悪な竜を連想する。その点でフィリピンの竜はユニークな存在といえるのかもしれない。

 

 

 バクナワについての伝説は、フィリピンの神話・民間伝承・妖怪の調査・研究をしているアスワン・プロジェクトのウェブサイトhttps://www.aswangproject.com/ に詳しい。

 

協力:The Aswang Project 

 

YouTube BAKUNAWA: Moon Eating Dragon of the Philippines

 

 

竜を見に行く。

 

竜がいっぱいの中華街

 

 マニラで竜がたくさんいるところは、間違いなく中華街ビノンドであろう。残念ながら、生きた竜ではないが。ビノンドに点在する豪華な中華風の門には、必ず竜が飾り付けられているし、街灯にも竜が巻きついている。まさに竜が中華文化で繁栄の象徴とされているのがわかる。

竜が描かれた門。街灯にも金の竜の装飾がある。

 毎年旧正月には、ビノンドではライオンダンス(獅子舞)とともに、長崎の有名な祭り「くんち」の龍踊りを思わせるドラゴンダンスも街を練り歩く。今年は2月10日が春節。辰年なので、例年よりも盛り上がるかも?

 

2023年春節のビノンドに登場したドラゴンダンス。

 

 

 本物の竜を見ることは不可能なのだが、生きた竜を思わせるものを見たいなら、水族館のマニラ・オーシャンパーク(Manila Ocean Park, Ermita Manila)へ行こう。ここで見るのはまず、タツノオトシゴだ。名前にちゃんとタツ、竜と付いている。オトシゴ(落とし子)というから、竜が奥さん以外の誰かと関係を持って生まれた子どもということなのか。誰? 英語ではシーホース(Seahorse)、漢字でも海馬と書くので、辰年じゃなくて午年(うまどし)に取り上げるべきなのではという声はこの際、無視させていただく。

マニラ・オーシャンパークのタツノオトシゴ

 

 

 こう見えてもタツノオトシゴは魚で食用にもなり、中国では漢方薬の強壮剤などとして使われる。一方で、絶滅危惧種とされており、ワシントン条約でも取引は規制されている。フィリピンでは2023年から漁業水産資源局と海洋生物保護団体がタツノオトシゴ保護に取り組んでいる。

 

中国・北京のタツノオトシゴの屋台料理。2011年撮影。 (Wikimedia CC BY 2.0 DEED Jirka Matousek )

香港のタツノオトシゴ入りスープ。2006年撮影。 (Wikimedia CC BY-SA 2.0 DEED Kent Wang)

 

 

温厚なドラゴン

 

 姿はまさに竜を思わせ、名前はビアーデッド・ドラゴン(Bearded Dragon)!ついにドラゴンのお出ましである。マニラ・オーシャンパークには爬虫類もいるのだ。日本ではフトアゴヒゲトカゲといい、竜とは入っていないのが残念。フトアゴヒゲリュウだったらいいのに。

ビアーデッド・ドラゴンのひげはコミュニケーションのために色が変わることもある。

 あごの下から首にとげのようなひげを持つビアーデッド・ドラゴンは全長約50センチ。オーストラリアに生息し、強力なあごを使ってカブトムシなどの昆虫やネズミも食べる一方、フルーツや花も好きな雑食性。

 

 ドラゴンと名前の付くトカゲに、コモドドラゴンという人間も食べてしまう巨大で凶暴なのがいる。それに比べるとビアーデッド・ドラゴンは温厚そうで好感が持てる。とはいっても、ドラゴンなので体を覆うウロコに下手に触ると、いわゆる逆鱗に触れてしまうのだろうか。

 

 

竜を食べる。

 

 竜の伝説を知り、竜を見に行ったら、最後は竜を食べてみよう。中国料理の小龙虾(シャオロンシャー)、ザリガニだ。ザリガニは中国語で「小さい、龙:竜の簡体字、虾: エビ」と書く。名前にちゃんと竜が入っているのだ。ちなみにロブスターは大龙虾 。残念ながら大きな竜、ロブスターを食べる余裕はない。

 

 

 湖南料理店の辣小鮮(ラ-シィエン)レストランでは、舌がしびれそうな辛さの麻辣味のザリガニが出てくる。店の人によるとザリガニは中国から仕入れたもの。竜の本場、中国のザリガニである。数年前から中国ではザリガニ料理がブームになっていて、各地でザリガニフェスティバルも開催されているという。

辣小鮮 La Xiao Xian Restaurant, 135 Talisay Street, Makati City

 

 ゆであがったザリガニは赤くなって、まさにレッドドラゴン。小さいからと言って、ザリガニをそのまま丸かじりしてはいけない。殻に覆われて、ハサミもあるので、口の中が血だらけになってしまうだろう。頭を取って、体の殻を外す。実際に食べることができるのは少しの身だけなので、果てしなく何匹でも食べることができそうだ。

 

エビでもなく、カニでもなく、ザリガニである。

 

 竜は古来、中国の皇帝の権力の象徴であり、最も神聖な獣とされてきた。そんな竜の名前をザリガニに付ける。そして食べるなんて不敬となってしまうのではと心配になるが、そこはやはり「民は食を以て天と成す」 (孟子)ということなのであろう。

 

 十二支の中でも縁起が良いとされる辰。漢字の辰には、万物が振動、成長、形が整うなどの意味が込められているという。今年、読者の皆さんもいい方向に振れ、発展されることを願いたい。(T)