ココナツ・クラブとは呼べない?
ワタリガニのココナツ煮
カニを食べているときが、一番幸せ。そう思う人は、筆者だけではないだろう。カニならなんでもいいのかというと、至福なのはズワイガニを食べているときであって、そのほかのカニは及ばない。しかし、日本に限らずフィリピンでもカニは高価な食材なだけに食べるチャンスはそうない。たまに機会に恵まれると、やはり心が躍る。
フィリピンのカニは、大きく分けてアリマンゴ(Alimango)とアリマサグ(Alimasag)の2種類で、前者は大きく、マッドクラブ(mud crab)やマングローブクラブとも呼ばれる。後者はアリマンゴより小さく、ブルー・スイミング・クラブなどと呼ばれる。青い水泳部ではなく、日本にもいるワタリガニのことだ。
今回紹介するギナタアン・アリマサグは、ワタリガニのココナツ煮である。フィリピンのどこでも食べられている最もメジャーなカニ料理の1つなので、シーフードで有名なビサヤ地方のどこかの生まれかと思っていたら、意外にも発祥はフィリピン最北の州、バタネス州という説がある。
先頃、パンガシナン州の知人から、写真(上)のギナタアン・アリマサグをいただいた。地元の海沿いの町で買ったというアリマサグが丸ごと何匹も入っていて見栄えがする。インゲン豆やかぼちゃも一緒に煮込まれている。
作るときに重要なのは、生きたアリマサグをまず冷凍庫に20分ほど入れることだという。そうすることでカニの身を引き締めるのだろうと想像したが、違った。生きたカニを低温で弱らせて、調理中に反撃されないようにするためだそうだ。そして、元は深緑のような色をしているアリマサグは、熱湯につけることで一気に鮮やかな朱色に変わる。
ココナツのまろやかでやや甘い味が染みたアリマサグが丸ごと入っているものの、食べるところは甲羅の中の部分と脚の付け根の肉くらいしかない。なので、1匹食べれば満足というわけにはいかない。その点、ズワイガニであれば、脚に詰まっている身を堪能できるのだが。
そこでアリマサグの脚の身を食べようと試みた。ハサミで殻を切り開いたり、口でそのままかみ切ったり。鋭い突起が付いた脚を噛むのは勇気がいった。口が血まみれにならなくてよかった。脚はスカスカの空洞のものもあったが、ツメや脚にそれなりに甘い身が詰まっていたので取り出し、おいしくいただいた。そんな私を見たフィリピン人は、アリマサグはそんなところまで食べるカニではないとあきれていた。カニを食べるときに手がべちゃべちゃになるのは万国共通である。日本のワタリガニと味比べをしてみたいものだ。
東南アジアのカニ料理にシンガポールのチリ・クラブがあり、すでに国際的な知名度を獲得している。ギナタアン・アリマサグという名称をいっそ英語でココナツ・クラブとしてはどうかと思ったが、問題があった。Coconut Crabはヤシガニ、すでにカニの名前に使われてしまっていた。残念である。(T)
(初出まにら新聞2024年3月14日号)