安くて美味な庶民の味方
その魚は聖人の名前を持つ
フィリピンの食卓でおなじみの魚、ティラピア。養殖しやすく、成長が早く、手頃な値段で買えて、焼いて、揚げて、煮込んで、スープに入れてといった具合に、人間にとってはとても都合のいい魚だ。マニラ近郊では、ラグナ湖などで養殖されている。
純粋にティラピアの味を堪能したいなら、このイニハウ・ナ・ティラピア、すなわち焼いて食べるのがいい。ティラピアの外観はちょっと日本のクロダイに似ていて、身もタイのようでもある。1匹丸ごと焼きあがった姿は、尾頭付きのタイと信じて食べてしまいそうだ。
肉厚で淡白な白身は、醤油、カラマンシ、チリでミックスしたサウサワン(ディップソース)で引き立つ。日本の焼き魚みたいなものなので、大根おろしと醤油でもきっと合うだろう。淡水魚だからといって、内臓を取り除いて調理してあれば、においは気にならない。ただ、体全体に渡って細い骨が多いので、食べるときは注意しよう。
ティラピアはアフリカおよび中東原産の魚で、フィリピンには前マルコス大統領時代に導入されたとという報道が2020年にあった。しかし、オンラインメディアのラップラーがこれを否定。前マルコス政権より以前、1950年頃には漁業水産資源局によってフィリピンに移入されていたと訂正した。
食べる側としてはどちらでもいいことだが、かなり昔からティラピアはフィリピンの食卓で親しまれてきたことがわかる。ほかの東南アジアの他の国や台湾でも重要な食用魚であり、最近は米国でも急速に浸透し、最も消費される魚の1つとなっている。日本ではかつてイズミダイやチカダイと名付けられ、回転寿司で「タイ」として出されていたという。養殖とはいえ、ティラピアを生で食べていたとは……。
ティラピアと並んでフィリピンの食卓でおなじみのミルクフィッシュはタガログ語でバグス(Bangus)という名前があり、タイもバココ(Bakoko)とかマヤマヤ(Maya Maya)などと呼ばれる。しかし、ティラピアはティラピア。タガログ語独自の呼び方はない。英語でもティラピアだが、セント・ピーターズ・フィッシュ(St. Peter’s Fish)という別名がある。聖書のマタイによる福音書に使徒ペテロが銀貨を口に入れた魚を釣り上げる話があり、その魚がガリレヤ湖に多く住むティラピアとされ、セント・ピーターズ・フィッシュと呼ばれる由縁となっている。
聖人の名前を持つ魚、ティラピア。クリスチャンのフィリピン人にこの話を知っているか聞いてみよう。すでに知っていて食べているのか、それとも知ってますますティラピアを好きになってこれからも食べ続けるのか。それとも恐れ多いと食べるのをやめる人もいるのだろうか。(T)
(初出まにら新聞2024年5月16日号)