例年なら2月〜4月のバギオは、観光のトップシーズンだ。2月、3月には「パナグベンガPanagbenga」(フラワー・フェスティバル)という「花」をテーマとした大きなお祭りが開催され、バギオ市内に400はあるともいわれる大小の宿泊施設はすべて満室となる。毎週末のパレードなどのイベントでは、会場となる目抜き通りのセッションロードや公園はすごい数の人でごった返す。4月は猛暑のマニラを離れ、イースターの休暇を過ごす人たちで、バギオ・カテドラルをはじめ、市内の教会は礼拝者で埋めつくされる。
昨年は1〜2月にコロナ禍が始まり、開始直前にパナンベンガの中止が宣言された。周到に準備をしてきたバギオの人たちの落胆は大きかった。あれから1年。感染状況は横ばい状態で、今年のパナグベンガも1月にとりあえず「延期」が決まった。今年はそのアナウンスに「やっぱり」というあきらめムードが漂った。
この1年の観光客規制によるバギオの経済への打撃はとてつもなく大きい。なんとかして観光産業を支えようと、感染が少し収まりかけた昨年10月、バギオ市は恐る恐る近隣の州からの観光客を受け入れ始めたが、その数は予想ほどに増えなかった。マニラからPCR検査なしの観光客受け入れなくしては、バギオ観光産業の復活はあり得ないことがわかった。
昨年11月には、バギオ市は「イバギウIbagiw 」というアート・フェスティバルを、規模を縮小して開催した。多くのイベントをフェイスブックなどでオンライン中継したが、それでは観光産業への経済的な波及効果は小さい。人が「密」に集わない観光イベントとして、バギオ市観光局などが知恵を絞って考え出したのが「フィルム・ ツーリズム」なる戦略だ。
バギオ市は「フィリピン・インデペンデント映画の父」と言われる鬼才キドラット・タヒミックのおひざ元。映画なら、会場を選び、会場内の設定を工夫すれば、密にならずに鑑賞できる。マニラでは見られない地方色豊かな珍しい映画の上映をし、マニラやそのほかの地域から観客を呼び込み、疲弊しきったバギオの町を活気づけるのが狙いだ。
企画された映画祭の名前は、モンタニョーサ映画祭(Montañosa Film Festival)。映画祭の目玉は「Crossing Borders」をテーマに一般公募された短編映画(10分以内)のコンペティションだ。コンペ作品の公募は昨年12月に、「コーディリエラ地方(バギオ市含む)在住者」に限定して、「どんな映画を撮りたいか」を公募し、外部の映画のプロの審査員たちによって、応募46作品から10作品が選ばれた。その10作品の監督たちは映画祭が用意した映画制作講座に参加し、それぞれ4万ペソの制作費の支援を受けて、1か月間で映像作品を完成させた。劇映画、ドキュメンタリーなどカテゴリーに規定はない。
映画祭では短編映画のコンペ部門のほかに、バギオとコーディリエラで制作された過去のインディペンデント映画傑作選、キドラット・タヒミック作品の特別上映、フランス、インド、チェコといったあまりなじみのない国々の映画上映が行われた。なかなか個性的なラインナップだ。
当初、映画祭は2月に開催される予定だったが、感染者増加でバギオ市が一般的なコミュニティ防疫(GCQ)地域に指定されたことから、急遽1カ月延期して3月20〜28日の開催となった。この映画祭が感染拡大のプラットフォームになってしまっては、観光業復活どころか逆効果となりかねない。映画祭を催行する側も、感染を起こさないためさまざまなアイデアを実行した。
まず映画の上映会場として、バギオ市の郊外にある今は使われていないロアカン空港に特設会場を設置し、ドライブイン・シアター形式で上映した。個人の車でしか入場できないが、入場券はあっという間に売り切れた。殺風景な空港に花を添えるべく、バギオ・フォルクスワーゲン・クラブの協力を得て、すでに生産は終わっているが今もファンが多いVWビートルがずらりと並んだ。また、パンデミック下でもがんばって営業を続けてきた地元資本の小さなカフェやスタートアップのレストランなどには小さなブースが提供され、観客へ飲食を販売する機会を与えられた。
その他の上映会場には、1年間、閑散としていた市内の高級ホテルのガーデンが使用され、ホテルはレストランの自慢料理と上映とのセットでのチケット販売を行って、本格的営業の再開を図った。一般市民にアクセスのいい街中では、バギオ市中心部のバーハム公園の湖(大きさは「池」だが、呼び名はレイク)の上にも特設スクリーンが設置された。さらに、外に出ていくのをためらう映画好きのために、オンラインでの鑑賞チケットが販売された。
映画祭開催期間中にはフィリピン大学バギオ校の協力を得て、プロの映画制作者、技術者によるWebinarも開催。来年以降の映画祭継続も視野に入れ、映画製作に関心のある若者にも充実した学びの機会を提供した。
さて、短編映画のコンペの結果である。私もコンベンションセンターにコンペ出品作品を観に行った。カテゴリーに規定がないので、自分の亡くなった父親の足跡を静かに追ったドキュメンタリーから、COVID-19に感染したゲイの美容師を仲間たちが明るくサポートしていく歌やダンスを多用したドラマまで、多彩な力作ぞろい。正直、フィリピンの大衆映画にありがちなメロドラマとアクョン銃撃映画、そして陳腐なオカルトものがなくて、ほっとした。
パンデミック下のバギオをテーマとしている作品が全10作品のうち、5作品を占めた。今まさにこのコロナ禍でしか撮れなかった作品たちだ。1カ月という短期間で集中して撮ったからこその緊張感が伝わってきた。外出ができなかった1年間、バギオのさまざまなところで感染と対峙している人々の姿を知ることができた意味でも興味深かった。
ギル・サンチェス(Giullienne Sanchez)監督の「10,000 Errors」は、死後の天国への入場審査の様子をコミカルに描いた作品。才気あふれる軽快なテンポの演出、アニメなども取り入れてデフォルメしながら、汚職にまみれた政治家を痛烈に批判する切れ味の良さが光った。女性監督は10作品中2人だったが、こういう社会性の高い作品を若い女性が撮れるのが、バギオの希望だ。
最優秀作品賞は「This Day」(レッド・アキノWilfredo Aquino監督)。コーディリエラ地方の農家出身でバギオ市の大学に通う青年が、親からの仕送りがなくなったときの日常を丁寧にきめ細かくとらえた作品。ほとんど何も起こらなくても、映画はしっかりと成り立つことを示してくれた。インディベンデント映画を応援するこの映画祭のスタンスを、はっきりと示す審査結果だった。
結局のところ、映画祭は開催を延期したにもかかわらず、マニラでの感染が収まらなかったため、マニラからの観光客をPCR検査なしでは受け入れられないままでの開催となった。しかし、アートをこよなく愛するバギオの人たちにとっては、風通しのいい屋外会場で、久々におおらかな笑顔で映画に触れ、つかの間、感染の恐怖を忘れられるすばらしいイベントだった。
※写真:記載のあるもの以外はフェイスブックの映画祭公式ページより。
環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業を運営。
Yagam Coffee オンラインショップ https://www.yagamcoffeeshop.com/
コーディリエラ・グリーン・ネットワーク https://cordigreen.jimdofree.com/