先頃、バギオのアートスペース Tam-awan Village(タムアワンビレッジ)で、あるイベントが開かれた。この日のメインテーマはメンタルヘルス。つまり、アートを通したうつ病、適応障害、PTSD、睡眠障害など様々な精神疾患に対する意識向上と理解促進を目的としたイベントだ。アートの町、そしてユネスコからフィリピン唯一のクリエイティブシティ(創造都市)として認定されたバギオらしい試みである。この時期特有の悪天候にも関わらず、会場はバギオ中から集まった若いアーティストと観客で賑わっていた。

 

 

自身のトラウマ経験とアート作品に込めた想いを語る参加者。

 

 

 

 

歌ありダンスあり瞑想あり

 

 

 当日はアート作品の展示に加え、ライブ演奏やダンスなどの華やかなショーが行われる一方、実体験に基づくリアルな悩みをシェアする人がいたり、世界保健機関(WHO)推奨のアクションプランや心理学的アプローチなどのプレゼンがあったり、ヨーガ瞑想法のワークショップの時間があったりと、多様で独特なコンテンツが盛りだくさんの一日だった。おそらく唯一の日本人参加者であった私はというと、友人のツテで紹介してもらい、思いがけずゲストスピーカーの1人としてスピーチをすることに。海外で初のスピーチ、もちろん英語ということで緊張のあまり私のメンタルヘルスがどうにかなりそうだったが、観客のあたたかい拍手のおかげでなんとか乗り切ることができた。このようなアットホームなところもまたバギオらしさと言えるだろう。

 

 

日本人から見たフィリピン人の印象とギャップ、メンタルヘルスの根本原因と解決策の探究、周囲の理解やシェアすることの重要性についてスピーチする筆者。

バンド演奏がイベントを盛り上げた。

 

 

(Don’t) Call Me Crazy

 

 

 実はこのイベントが開かれるのは初めてのことではない。2019年5月に開催された第1回目はスピーチがメインで、登壇者が各々の考えや経験談を話すだけだった。アート色が全面に押し出されるかたちになったのは第2回目からである。理由はいくつかあるが、メンタルヘルスに関するスピーチだけだと集客が難しく、またいまいち盛り上がりに欠けるというのが主な理由らしい。そこで、アートを介在させることで、関心も集めやすく、メッセージも届けやすくなる。また、アーティストの影響力を活かして多くの人にリーチすることができるという。「アート×メンタルヘルス」という一見変わったこのイベントは、実は試行錯誤の上にできたイベントなのだ。

 

自分の感情、欲望、恐怖、精神障害を表現できないまま、幼少期時代を過ごした大人たちを表した作品。(作品名:Myth 作者:Teyarosa)

 

 

 しかし、なぜ今メンタルヘルスなのか。その背景を主催者の一人ドナ・テヤロサ(Donna Teyarosa)さんに聞いてみた。
 「実は私たちアーティストの中にも精神疾患を抱える者が少なくないのです。家庭内暴力、金銭トラブル、友人の自殺、幼少期の性被害の経験など、皆深い悩みを抱えています。何度も自殺を図る人や精神安定剤頼りの生活を送っている人もいて、苦しんでいます。しかし、こういった話題は普段の会話の中では出てきません。フィリピンの活発な雰囲気にそぐわないためか、なんとなくタブー視される風潮があります。いざ勇気を出して友人に悩みを打ち明けてみても、からかわれて真剣に取り合ってくれないことも多いです。『うつなんて気持ち次第で治る』『あなたの心が弱いせいだ』というように、メンタルヘルスに関する偏見や誤解がいまだに根強く残っている。なんとかしないといけない、という思いで立ち上げたのがこのイベントです」

 

痛み、虐待、心痛、不安と静かに戦う女性に向けて作られた刺繍作品。平然と過ごしているように振る舞う半顔と希望を表す王冠を表現。(作品名: Rose Red 作者: Joyce Mallare)

 

 

 イベントのタイトル「(Don’t) Call Me Crazy」は、「あいつはcrazyだ!」とか「baliwだ!(タガログ語でcrazyの意味)」という言葉で簡単に片付けないでほしい、という願いを込めて、カナダのシンガーソングライター、カーリー・レイ・ジェプセンが歌う「Call Me Maybe」にかけて名付けられたという。そういったメッセージが若いアーティストたちの心をつかみ、口コミを通じてこのイベントに多くの人が集まったというわけだ。

 

 

メンタルヘルスの課題と今後

 

 

 一般にフィリピン人といえば「みんな陽気で明るく、いつも笑顔でポジティブシンキング」といったイメージを持つ人も多いのではないだろうか。実は私もそうだった。しかし、実際に彼らのコミュニティーに深く入ってみると、誰もが何かを背負って生きているという当たり前の事実に気づかされる。人前で見せる笑顔の裏では、一人では抱えきれないほどの悩みを抱えている人がこんなにもいるのだ。
 あえてこう考えてみる。「今回のイベントで何かが解決されたのだろうか。何か意味があったのだろうか」と。それは正直分からない。しかし、こういった事実を認知し、考える機会を増やしていくことこそが、世の中が変わる第一歩なのかもしれない。バギオには、またアートには、その解決の糸口があるのかもしれない。というのは、少し言い過ぎだろうか。

 

 

[著者] 

原田 亮 サイバーエージェント→外資金融→学習塾運営。海外の大学院で教育を学ぶために現在、英語を勉強中。2022年3月〜バギオ留学。1カ月で帰国の予定が、バギオの魅力に魅せられ長期滞在(予定)。コーディリエラ・グリーン・ネットワークでボランティア中。

 

 

Photography: George Rosales

 

 

環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN):

山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業。

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