ご存じのように、昨年はコロナ禍で世界中の文化施設や観光施設が新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために休業となった。テレビで、翌日から美術館が休館になると聞いたパリの人たちが美術館に殺到しているというニュースを見て、さすがフランスがアートの国といわれる所以だと感心した。日本でもアートや文化に携わる人への救済策はだいぶ後回しにされているようだし、フィリピンに至ってはほとんど話題にも上っていないのではないか?
そんな中でもアートの町・バギオでは収入源を失ったアーティストのために、市政府が日曜日の歩行者天国でのバスキング(路上で大道芸や演奏をすること)を許可したり、伝統の手工芸のクラフト・マーケットを主催したりと、アーティスト救済に熱心だ。また、先住民族文化を紹介するフィリピン大学バギオ・キャンパス内にある「コーディリエラ博物館 Museo Kordilyera」のオンラインを駆使した活動がすばらしいので紹介したい。
実際の博物館への入場は、いまも平日の火曜から金曜までの週4日に限定されたままだ(2021年10月現在)。入場にはオンラインなどで予約しなくてはならず、一度に入場者できる数も限られている。従来、年1回大掛かりな展示替えが行われるのだが、昨年は行われなかった。その代わりにオンラインでのプログラムを目覚ましく充実させている。
大人気バーチャル博物館
今年の7月末には待望の3Dバーチャル・ミュージアムが公開された。現在開催中のコーディリエラ地方の手織物を紹介する展覧会「Handwoven Tales: The Wrap and Weft of Cordillera Textiles」は、オンラインで臨場感たっぷりに味わえるようになった。このバーチャル・ミュージアムは公開後1週間で2万2,000人以上がサイトを訪問する人気ぶり。待ちに待たれていたといえよう。
昨年10月に開始されたオンラインでの「ミュージアム・マネージメント・トレーニング」(高等教育委員会(CHED)と共同開催)も充実の内容だ。レベル1の「博物館学基礎編」とレベル2「博物館学上級編」で合計26もの専門家によるウェビナーが用意された。フィリピン各地から様々な大学の関係者や自治体にある小さな博物館の責任者など500名以上が参加申し込みをしたという。レベル1を皆勤すると「ミュージアム・キット」が送られ、それぞれのフィールドでの展示物の調査や展示に実際に役立てられるという気の利いたプログラムだ。
6〜8月に開催されたレベル3では、世界遺産の棚田とそこに暮らす先住民族の伝統文化で知られるイフガオ国立大学(IFSU)とのオンライン実習プログラムも組み込まれた。貯蔵品の保存や管理、デジタルミュージアムの技術など、さらに専門家に向けた踏み込んだ内容となった。
コーディリエラ山岳地方では貴重な伝統の生活道具などの展示室が設けられているところも多くある。しかし、ただあるものを並べているだけで、「どうにかならないものか」と思うことも多かった。このコーディリエラ博物館のオンライン・トレーニングで、そうした展示室や資料館が生まれ変わるかもしれないと思うと、うれしい。
専門家も一般も対象に
コーディリエラ博物館の企画は、専門家を対象としたプログラムだけでなく、一般の人へのアプローチも忘れていない。現在展示中の伝統織物の企画に合わせ、調査結果をわかりやすくまとめた冊子「AGABEL TAYO! (Let’s Weave)」と、5つの民族の織物に関する絵本も制作された。コーディリエラ地方を拠点する5人のアーティストたちによる挿絵が描かれ、キュートな絵本に仕上がっている。本来ならば博物館併設のショップで売られている出版物だが、今はオンラインでも販売されている。
保守的なバギオ市は、一大観光地であるにもかかわらず、いまだ観光客の受け入れには消極的だ。来場者数ゼロの日々の中でも、小さな田舎町バギオから、博物館の文化的価値をアイデアを練って絶え間なく発信してきたコーディリエラ博物館。ぜひ多くの人に注目してほしいと思う。
環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業を運営。
Yagam Coffee オンラインショップ https://www.yagamcoffeeshop.com/
コーディリエラ・グリーン・ネットワーク https://cordigreen.jimdofree.com/