バギオ市からマウンテン州へとつながるハルセマ道(Halsema Highway) を車で2時間ほど走ったところに位置するベンゲット州アトック(Atok)には、スペイン統治時代につくられた山道、スパニッシュ・トレイルが残っている。
スペイン人は、キリスト教の宣教とコーディリエラ地方に眠る金などの資源を狙った鉱山開発のためにこの道をつくったのだが、険しい地形や住民の抵抗もあり、宣教と統治はあまり成功しなかったようだ。しかし、彼らが残したスパニッシュ・トレイルは、1930年に自動車も通ることができるハルセマ道が開通するまで、バギオとマウンテン州を結ぶ街道として地元住民に利用されていた。
段々畑を抜け山道へ
3年ぶりにフィリピンを訪問した私は聖週間休暇中、ベンゲット州ラトリニダッド町に住んでいる友人を訪ねた。そして、せっかくコーディリエラ地方に来たのだから山へ行こう! ということで、友人たちとアトックへ行くことになった。
冷涼な気候を利用したフィリピン屈指の野菜生産地のアトックに到着すると、斜面一面につくられた段々畑がキャベツで覆われている風景に圧倒される。案内の看板すらない中、地元出身の友人の案内でキャベツ畑、ジャガイモ畑、トマト畑など急な段々畑の間に造られたあぜ道を抜けて、村から山道へ出る。すると、突然周囲がベンゲット松の森の景色に変わる。スパニッシュ・トレイルに到着だ。人ひとり通るのがやっとの幅のコンクリート舗装された細い道。100年前にはこの山道がコーディリエラの村々とバギオを往来する街道だったのだ。大きな荷物を背負い、時には馬などを使った当時の旅はどれほど大変だったのだろうかと、往時の人々の姿を想像する。
アトックからバギオ方面へ30分ほど歩くと、岩山の切り立った崖を削って作った道に出る。そこからはベンゲットの急峻な山々を眺望しながら歩くことができた。時折大きな岩山に道がぶつかると、高さ10メートルを超えるような大岩を削って造られた切通しや、数十メートルにも及ぶ長い手掘りのトンネルがある。建設当時の技術や作業に当たった人々の労力に驚きを禁じ得ない。
天気急変、霧中を歩く
山道を歩き、トンネルを抜けていくうちに、アトックの村を出発するときには汗ばむ陽気だった天気が崩れ始めた。そして、崖に渡された吊り橋を通るころには冷たく湿った霧を含んだ風が私たちを包みこんだ。乾季だというのに、ここでは霧が出て、雨が降る。さきほどまで見えていた山々は雲の中に消え、スパニッシュ・トレイルの岩肌も霧に隠れ始める。そばに生えている木や岩を見ると、しっとりとしたコケが生えている。1年を通じて湿潤なベンゲットならではの自然の美しさを全身で感じることができた瞬間だった。
さらに30分ほど歩くと、道の向こう側から車が走る音が聞こえてきた。道路が近い。道を下るうちに、スパニッシュ・トレイルと並行して走るハルセマ道が見えてくる。帰りの車の中から野菜を満載した多くのトラックが見えた。スパニッシュ・トレイルの果たした役割はハルセマ道に引き継がれ、今も人々の生活を支えているのだ。
アトック観光局 Atok Tourist Information Center
スパニッシュ・トレイルのガイドを紹介。ガイド代のほか、環境保護・登録料が必要。
所在地:Halsema Highway, Atok, Benguet Province(アトック町役場内)
高橋 侑也(たかはし ゆうや)
写真家・ライター。2019年から1年間、バギオを拠点とする環境NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワークでインターンとして活動。日本へ帰国後は文書アーカイブ関係の撮影をする傍ら、ドキュメンタリー写真の制作に取り組んでいる。現代写真研究所在籍。