フィリピンのスーパーマーケットの牛乳コーナーは日本よりも大きく、陳列されている牛乳の種類も多いように思います。
フィリピン産もありますが、フランス、ドイツ、オーストラリアなど海外の牛乳がめだちます。
それらの牛乳は、私たちが日本で親しんできた牛乳とはどこか違う。
そんなフィリピンの牛乳の現実を知り、酪農を始めたのが、八巻久美子さん夫妻。
さまざまな困難を乗り越え、もうすぐフィリピンで酪農10年を迎える八巻さんに話を聞きました。

(聞き手:時澤圭一 写真撮影:Bylson ‘Monty’ Sy)  

 

八巻久美子さん Kumiko Yamaki      神奈川県横浜市出身。動物に関わる仕事に興味を持ち、東京農大農学部畜産学科へ進学。卒業後、日本の牧場で牛の人工授精師として勤務し、 2008年国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員としてフィリピンに派遣される。家畜人工授精センター(首都圏ケソン市)での2年半の任期終了後に帰国。その後再び来比し、2011 年6月から北海道天塩郡出身の夫とブラカン州サンタマリア市で酪農を始め、牛乳・乳製品メーカーKefseft. Inc.を起業。2019年9月、タルラック州ラパス市に移転し現在に至る。

                                       ブログ夫婦二人三脚フィリピン酪農への挑戦!」

 

 

酪農に向かないフィリピン
低迷したままの牛乳自給率

 

 私が青年海外協力隊員としてフィリピンに来た2008年、この国の牛乳の自給率は2%と言われていました。10年以上たった今も、この状況は変わっていないのではないでしょうか。これは、酪農に不向きな暑く湿度が高い気候や、政府の酪農に対する意識、乳牛を飼育する土地、加工する施設を必要とするため参入のハードルが高いといった理由が考えられます。フィリピンで牛乳といえば、脱脂粉乳や、常温で売られている輸入品のロングライフミルクが主流という状況も変わっていません。

 

人工授精を行う八巻さん。

 

 

 私たち夫婦は、このようなフィリピンだからこそやりがいがあると思い、酪農を始めました。日本で酪農を一から始めると、億単位の初期投資が必要となります。またフィリピンでは人口が増え続けているので、牛乳を飲む人が今後も増えるという希望もある。これがフィリピンで酪農を始めた理由です。

 

 最初はブラカン州サンタマリア市で乳牛5頭から始めました。その後、ブラカン州は借地であったことに加えフィリピンアリーナや空港の建設などで都市化が進み、酪農をするような地域ではなくなりつつあること、環境的にも規模拡大は難しいことから、2年ほど前に現在のタルラック州ラパス市に移りました。

牛舎でくつろぐ牛

搾乳の前に牛舎を掃除するため、外に放たれた牛たち。この日は暑かったため、すぐに牛舎に戻ってきてしまった。ちなみに乳牛の体温は38.5度

仲むつまじい牛

 

 

コロナ禍による不測の事態と
オンライン販売の急成長

 

 

 乳牛は日本ではほぼホルスタイン種ですが、フィリピンではホルスタイン種と暑さに強いサヒワール種との交雑種が主です。日本では1頭で1日30リットルの牛乳が取れますが、こちらではその約3分の1といったところ。これは乳牛の品種や、飼料の栄養価が日本と比べ劣ることが原因でしょう。現在飼育している15頭を朝5時と夕方5時の2回搾乳し、1日の総生産量は約100~150リットルです。

搾乳は1日2回、搾乳機を使って行われる。所要時間は牛によって異なり、写真の牛は約10分で完了。

搾りたての牛乳をマイナス5度以下で冷却保 存し、その後70度で約20分低温殺菌する。

 

 ブラカンでは牛乳、ヨーグルトのほかチーズ、アイスクリームも製造していました。タルラックで乳製品加工場を建設していたのですが、コロナ禍が発生し、頼んでいた建設業者が経営不振に陥って作業員が引き揚げてしまいました。建設が途中で止まった加工場を完成させるべく、別の業者に頼んだところ、予算を大幅に超える金額が必要となったため、クラウドファンディングをお願いしました。ありがたいことに1月に目標額を達成し、加工場が完成次第、チーズの製造を再開します。またコロナ禍の中、オンラインで物を買うことが急速に一般化したせいか、私たちの低温殺菌牛乳、プレーンヨーグルトなどのオンライン注文が以前よりも飛躍的に増えました。マニラ首都圏全域に週3回火・木・土曜日に配達を行っており、現在は60%が日本人、40%がフィリピン人やそのほかの国のお客様です。

コロナ禍で建設が止まってしまった乳製品加工場はクラウドファンディングにより建設が再開し、チーズなどの製造も再びできるように。

タルラック州ラパス市の牧場がある所は、移転当時マンゴーが自生する野原だった。牛舎を含む建物は夫が設計し、地元の業者に建設を依頼した。

 

フィリピンと日本の酪農の
将来のため人材育成めざす

 

 日本での酪農では、生産した牛乳を農協に一括納入して仕事は終わりというのが一般的。しかし私たちは今、乳牛を飼育して搾乳した牛乳を製品へと加工し、流通まで行っています。こうしたビジネス形態は、生産の第1次産業、加工の第2次産業、流通・販売の第3次産業を一体化して手がけることから、1+2+3=6次産業と呼ばれます。100%私たちの手による製品をお客様にお届けし、「おいしい」と言ってもらえると、本当にうれしく、やりがいを感じます。

 

 今後の目標としては、いろいろな乳製品の製造、乳牛の頭数を増やしての規模拡大、肉牛事業の導入などがあります。さらに、技能実習生として日本の牧場で働くことを希望するフィリピン人の研修にも力を入れていきたいと思っています。私たちは、これまでも実習生が日本へ行った時にしっかり仕事ができるように、人工授精や搾乳などの専門知識と技術を伝えてきました。日本から私たちの牧場へ視察にいらした酪農家の要望に応えて、日本へ行く前に必要な実務を教えることもしています。また、日本での実習から帰国したフィリピン人の雇用にも取り組んでいます。優秀なフィリピン人を送り出すことは、深刻な人手不足に直面している日本の酪農界の支援になるはず。それは一方で、フィリピンの酪農の将来を担う人材の育成にもつながると信じています。

生産、加工、流通まで一貫して行うKefseftの低温殺菌牛乳とプレーンヨーグルト。新鮮で牛乳本来の濃い味わいが楽しめると好評。社名KefseftはKeep Food Safety from Farm to Tableを意味し、安全・安心な食品を食卓まで届けるとの信念が込められている。 Kefseftの牛乳、ヨーグルトはマニラ首都圏全域への宅配のほか、マカティ市てっぺん、TPEマーケット、タギッグ市BGCマートなどの店頭で販売。日系青果物商社グリーンスター・プロデュース(Greenstar Produce)との提携により、オクラやヤングコーンなど野菜の宅配も行っている。 マニラ首都圏への配達は毎週火・木・土曜日。お申し込みはフェイスブック、Eメールまたはテキストメッセージで。 

Kefseft Inc. Tel: 0946 – 054 – 7313 Eメール: kefseft@gmail.com
フェイスブック:www.facebook.com/freshdairyproducts/

 

 

  ナビマニチャンネルでKefseft Inc.の低温殺菌牛乳を使ったダルゴナコーヒーの作り方と、八巻久美子さんのインタビュー動画公開中!