奇食 と呼ぶなかれ。
栄養豊富な「血のスープ」
フィリピンのエキゾチック料理の1つに数えられるディヌグアン。タガログ語で「血で煮込む」あるいは「血のスープ」の意味の通り、豚の臓物を豚の血で煮込んでつくった一品である。見た目は写真の通り茶色なので、醤油やソースで煮込んだと見えなくもなく、血生臭いということもない。そもそも血の味を楽しむ猟奇的な人向けの料理でもない。濃厚といえば濃厚であるのだが、すごくおいしい!というものでもないというのが、筆者の個人的な感想である。
ディヌグアンの始まりは、専門家によると不明らしい。豚の丸焼きレチョンをつくるときに、豚の血と臓物も無駄にしないようにディヌグアンもつくるようになったのではないかという説がある。ディヌグアンはフィリピン各地にご当地バージョンが存在することから、フィエスタでレチョンをつくるときにディヌグアンもセットでつくるようになったのは一理あると思われる。
沖縄では「豚は鳴き声以外全部食べる」と言われるが、フィリピンも然り。英国のブラック・プディングやフランス料理のブーダン・ノアールなど、世界各国に豚の血を使った料理はあるので、ディヌグアンを寄食扱いするのは間違い。豚の血にはビタミンC、鉄分、タンパク質、カルシウム、ナイアシン、リンなどが豊富に含まれている。私たちの血となり肉となってくれる滋養豊富な料理なのだ。
レストラン、カレンデリア、さらに手軽なレトルトパックのものまであるほどフィリピンで親しまれていて、家庭料理でもあるディヌグアン。ある時、筆者の知人がディヌグアンをつくろうと朝4時、パレンケ(市場)の肉屋に行った。豚の血は、朝の早いうちしか手に入らない。豚肉と血を入手して帰宅し、冷蔵庫に入れておいた。しばらくしてキッチンに戻ってみると、冷蔵庫の隙間から鮮血が流れ、床が赤く染まっていた。
お察しの通り、冷蔵庫で豚の血が入った袋が破れ、血が流れ出たのだ。知らない人が見たら、冷蔵庫の中に一体何が……と想像力を搔き立てる光景である。掃除をしなくてはいけない面倒と、ディヌグアンをつくることができなくなった悲しさよりも、彼はその血まみれのキッチンを嬉々として撮影し、シェアした。彼はホラー好き。血を見ると興奮する人はいるものだ。(T)
(初出まにら新聞2024年1月25日号)