みなさん、こんにちは。Kumusta kayo? 前回はフィリピンと日本の眉の使い方の違いについて書きました。今回は「口」について取り上げてみたいと思います。
小さな口と大きな口
フィリピン語で「口」はbibigといいます。これは主に人間の「口」を表す言葉で、瓶や猫の口のように小さい物や小動物の口もbibigと呼びます。しかし大きい物の開口部、大きい動物や猛獣の口、攻撃性のあるような「口」のことはフィリピン語ではbunganga(注:ngaは鼻濁音の「が」)という言葉で呼びます。例えば火山の火口、洞穴の入口はbungangaであってbibigではありません。サメやワニの口、ライオンの口もbungangaです。では犬の口ならどうでしょうか。かわいい愛犬の口であればbibigですが、いつ襲ってくるかわからない野犬の口であればbungangaとなります。
このようにbungangaは通常は人の口の意味で使うべきではありませんが、実際には相手を侮蔑するためにわざと使われることがあります。たとえば “Isara mo ang bibig mo.”と言えば「口を閉じろ」、または「しゃべるな」という意味にもなりますが、さらにbibigをbungangaに変えると「(その獣の口のような大きな)口を閉じろ」という意味になるので、大変失礼な言い方になります。読者の皆さんはbungangaはあくまで人には使わず大きな物や動物に使うと覚えてくださいね。
ひょっとこ口
フィリピンでは唇を尖らせて方向を示すことがあります。たとえば道を聞くと、突き出した唇を器用に右や左へねじ曲げて “Doon”(あっち)とか “Ayun, o”(ほら、あれだよ)などと言いながら方向を示されることがあります。また、周りの人にわからないように、話し相手だけに内緒で方向を教えたいとき、たとえば「あの人、あなたのことをチラチラ見てるよ」なんて言う時に、唇でこっそりと方向を教えることもあります。そんな時は前回紹介した「眉」もクイッと上がっているはずです。眉とひょっとこ口を同時に使うので難易度が高いですね。
この唇を突き出した形をフィリピン語でnguso (注:nguは鼻濁音の「ぐ」)と言います。このngusoは人間のすぼめた口だけでなく、前に突き出た物全般を指します。たとえば犬の鼻から口にかけた部分もngusoですし、自動車などの先端部分もngusoです。例えば “Lumampas sa linya ang nguso ng kotse.” (車の先端が線を越えた)のように使います。車などの「先端部分」には “unahan” といったの別の言葉もありますが、擬人的にngusoを使っているうちに一般的になったのでしょう。
チュッとプスッ!
走っているジープやトライシクルを呼ぶため、唇を突き出して力を入れてまるでキスをするかのようにチュチューッと音を立てたり、歯の間からプスッと音を立てたりする人がいます。ジープやトライシクルの運転手に聞こえるように音を出すのはかなりの熟練を必要としそうです。これは主に男性がやっているイメージで、フィリピン人の間でもあまり上品な行動ではない、と認識されているようです。
ちなみに日本では以前は犬や猫を呼ぶときにチチチッと舌を鳴らしたものですが、最近は野良犬や野良猫自体がほとんどいないのでこういう使い方をすることもなくなりましたね。フィリピンでは猫を呼ぶ時は「プスプスプス」という音を立てて呼びます。ジープを呼ぶときと音の出し方は同じですが、猫を呼ぶときは弱めに何度か繰り返すところが異なります。
慣用句
「口」に関する慣用句には、日本で使う表現と似たものもあります。例えば“nadulas ang bibig”はそのまま「口が滑った」という意味で日本語と同じです。また “Ang isda ay nahuhuli sa bibig”(魚は口で捕まえられる)という表現もあり、こちらは「魚が自らの口で釣り針にかかるように人も自らの発言で悪事がばれる」という意味です。こちらは日本語なら「口は禍の元」に近い表現でしょうか。しかし魚が大きければ大きいほど、釣り針にかかってもかかっても上手に逃げおおせてしまうのは、フィリピン、日本を問わず人間にもあてはまるような気がします。なんだか腑に落ちないですね。
文:デセンブラーナ悦子 日英・タガログ語通訳。大阪外大フィリピン語学科卒。在学中にフィリピン大学に交換留学。フィリピン人男性と1992年に結婚後マニラ在住。
Twitter:フィリピン語ミニ講座@FilipinoTrivia