自分が生み出したスタイルで、

誰もが楽しめるピザをつくりたい。

 

 

イタリアの国際的なピッツェリアガイド『50 Top Pizza』が5月、「2023年アジア太平洋地域ベストピッツェリア50」を発表。10位にマカティ市のクロスタ・ピッツェリア(Crosta Pizzeria)がランクインした。同店の総料理長は日本人の父、フィリピン人の母を持つ伊藤勇一氏。フィリピンで最高のピッツェリアの評価を得た心境と、ピザ職人“ピッツァイオーロ”としての思いを聞いた。

 

 

伊藤 勇一 さん Yuichi Abellare Ito  1993年、東京都生まれ。浅草に育ち、5歳の時に来比しマニラ首都圏ケソン市で暮らす。マニラ市のファーイースタン大学(FEU)で3年間、会計学を専攻していたが、好きだった料理の道を志し、ケソン市の調理師養成学校を修了。エドサ・シャングリラホテルのレストランで働いた後、日本へ。マンダリンオリエンタル東京のピッツァバーON 38THを経て、今年2月からクロスタ・ピッツェリアの共同経営者および総料理長を務める。日本語、タガログ語、英語、「イタリア人に囲まれていた職場で身に着けた」イタリア語を話す。 「プライベートでは和食党で、そば、焼鳥が好物。自分でそばを打って、フィリピン人の仲間と楽しみます」

 

 

 

アジアトップの店からマニラへ

 

 

アジア太平洋地域で10位になった時は驚きました。東京で行われた「アジア太平洋地域ベストピッツェリア50」の表彰式に出席していて、ランキングの下位から発表されていくのを聞いていたんですが、まだうちの店の名前が呼ばれないなあと思っているうちに、10位になって。発表前にクロスタ・ピッツェリアの共同経営者から「昨年は32位だったから、今回はベスト10に入れたらうれしいね」と言われてたんですが、それが実現したことは本当に驚きでした。私がクロスタに来てからまだ4カ月しか経っていなかったですし。

 

当店ではイタリアから輸入した4種類の小麦をブレンドし、石うすでひきます。ピザ生地の伸ばし方を以前のやり方から変えて空気が入るようにし、ふっくらモチモチと 、部分的にサクサク感もある食感に仕上がるようにしました。

 

 

 

 

 

フィリピンに来る前は、今回アジア太平洋地域のトップに選ばれた東京のピッツァバーON 38THで働いていました。クロスタの共同経営者に出会い、フィリピンでのプロジェクトに誘われて、マニラに来ました。40代になったらフィリピンに戻ろうと考えていたんですが、かなり早まりましたね。シンガポールやドバイのレストランからも誘いを受けていたんですが、料理の評価を値段で決めているように感じたんです。自分が目指すものとは違うと思いました。私は、どんな人でも食べることができるピザを提供したいと思っていますから。

 

 

飲食業に関していえば、フィリピンと日本では今、ざっと15年の差があると思います。日本はすでに成熟しきっている一方で、フィリピンはまだまだ追いかける立場。伸びしろがたっぷりあって、挑戦しがいがあります。若い世代の料理人もどんどん出てきている。そして、フィリピンでピザといえばアメリカンスタイル一辺倒だったのがだんだん変わってきて、クロスタのように食材にこだわったピザが受け入れられるようになってきました。競合店が出てくることでいろんなスタイルのピザがフィリピンで楽しめるようになるのは、大歓迎です。自分のモチベーションにもつながります。

 

 

 

生地を伸ばして形をつくり、ソースがしっかり載るように生地の表面に凹凸をつける。クロスタ・ピッツェリアでは週末になると1000枚のピザを焼く。

 

 

 

語学力が導いたピザ職人への道

 

 

 

実は、私は調理師学校ではフランス料理をメインに学んでいて、イタリア料理にはあまりいい印象を持っていませんでした。そんな私を変えたのが、シャングリラホテルのイタリア料理店で研修中、イタリア人シェフが「これが本物のイタリア料理だ」と作ってくれた、やわらかいブッラータチーズを詰めたラビオリと野菜のスープ。衝撃でしたね。

 

 

その彼に勧められて東京へ行き、『ミシュランガイド』に載るイタリア料理店で働けるように紹介してもらったんです。本格的にピザをつくるようになったのは、ピッツァバーON 38THに移ってから。私はパスタ職人でしたが、その店では80%が外国人のお客様ということもあり、ローマ出身の総料理長に英語と日本語ができるシェフがピザをつくらなくてはならないと言われ、私が担当することになりました。ピザをつくっていて、生地が呼吸し、まさに生きているのを感じる時がピザ職人としてうれしく、いいピザができるなと思う瞬間ですね。

 

 

チーズを使わないマリナーラピッツァは伊藤さんの自信作の一つ。「イタリアではニンニクとオレガノが海の香りを思わせることからマリナーラ(船乗り風)と呼ばれています」

 

 

 

フィリピン産食材の良さを引き出す

 

 

私がつくりたいのは、独自のスタイルのピザ。昨年10月にイタリアに行って来たんですが、パルマ、ミラノ、ローマと巡る中で料理は地方によって特色があり、リゾットにしてもシェフの独創的な考えに基づいてつくられていました。自分のスタイルを持つことが大切だと思いましたね。

 

『50 Top Pizza』によって2023年のピザ・オブ・ザ・イヤーに選ばれた伊藤さんのピザ「Culatello, Black Tasmanian Cherries marinated in Marsala, Gorgonzola cream, Mozzarella, Balsamic Vinegar」。通称チェリー・クラテッロ。クロスタ・ピッツェリアで注文可能(食材の状況によるため注文時に要確認)。価格は1,100ペソ。

 

 

6月にはマカティで日本の懐石料理をイメージした「ピッツァおまかせ」というイベントをしました。5種類のピザを含む全14品の中に、タガログ語でヒト(hito)と呼ばれるフィリピン産ナマズを使って日本のウナギの白焼きのようにして出したところ、大変好評でした。この料理をつくったのは、フィリピンでは地元産よりも海外の食材の方がいいという先入観を持っている人が多いけれど、 そんなことはないと伝えたかったからです。

 

 

「ピッツァおまかせ」にて懐石料理の八寸をイメージして提供された料理。200名以上の参加希望があり、70名に限定して開催された。Photo: Justin De Jesus (@justin_dj )

 

現在マニラで、味噌漬け、麴(こうじ)漬けなど漬物を使ったピザに取り組んでいます。使う食材には理由があり、シェフの思いが込められている。そんなストーリーのある料理をつくっていきたいと思っています。