情報は紙に印刷された活字からインターネットへ、本は電子書籍となり、いろいろな面で紙の存在はだんだん薄くなっていると言えるかもしれません。しかし一方で、紙ならではの良さがあります。カビテ州タガイタイを拠点とするMASAECO INC.(マサエコ)では、農業廃棄物を原料にさまざまな紙製品を生み出しています。紙の可能性を改めて感じさせてくれる同社の佐久間航さんにお話を聞きました。(聞き手・時澤圭一)
-コロナ禍の影響は?
当社は輸出会社なので、本来は閉鎖の対象にはならないはずでした。しかし、カビテ州インダン町やバランガイの当局より休業要請があり、3月20日から休業を決めました。その後、5月中旬にカラバルソン地域の規制がECQからGCQに緩和されたのと同時に、業務を再開しました。
コロナ禍の影響でビジネスのオンライン化が加速しています。当社はその点でかなり遅れていましたが、休業の間にそれまで放置していた会社のウェブサイトの一新を依頼し、フェイスブック、インスタグラムなどのSNSを通して製品紹介の発信を始めました。今ではSNSを通してのフィリピン国内の売り上げの割合が約7割に達し、SNSの影響力に驚いています。また、個人的には休業期間にさまざまな国の歴史や文化、全く関心がなかった金融などの知識を増やすことができ、とても充実した時間だったと思います。
-1月のタール火山噴火の影響は?
当日、私は日本からマニラに向かっていました。ちょうど飛行中に噴火していて、タール火山の噴火を知ったのはマニラ到着後。火山灰でほぼ視界がない中を、車で約6時間かけてマニラからタガイタイに戻り、それから2週間ほどは断水や停電などが起きて、生活は大変でした。しかし、工場があるインダン町ではさほど影響もなく、幸い業務への支障はありませんでした。
-フィリピンを拠点にするきっかけは?
米国の美術大学を卒業した後、日本に一時帰国した際にネットで検索して見つけたのが、MASAECO INCの前身にあたるマサ・エコロジカル・ディベロップメントの関連会社、株式会社MEDIでした。
フィリピン工場に派遣されたのは、入社してから2、3カ月後。もともと半年から1年で米国に戻り、芸術活動に専念する予定だったのですが、フィリピンの文化や紙漉(す)きの奥深さに魅了され、住み続けて今に至っています。
会社は、当時首都圏ケソン市にあった事務所の小さなガレージから始まりました。事業は農業廃棄物となった収穫後のパイナップルの葉や、バナナの幹を利用した壁紙などの製造。それらの商品を軸とした事業を通して、フィリピンの農村地域での雇用創出を目指すため、首都圏からタガイタイ市近辺のインダン町に拠点を移しました。
紙の原料となるパイナップルの葉(左)とバナナの幹の繊維(右)
自然と共生しながら、雇用を無理なく創出し、自然や人にやさしいものをつくる。「手漉き紙」の生産は、まさにその理想にかなう事業でした。昔からフィリピンの農村には、紙を生産する原料が豊富にありました。収穫後、あまり利用されていなかった葉、幹といった農業廃棄物は、手漉き紙製作に最適な素材だったのです。会社は前社長の体調不良により閉鎖されることになったのですが、業務を引き継ぐ形で私が独立し、2018年にMASAECO INCを設立しました。
私は大学で油絵、彫刻、コンピーターアートなど美術の分野全般を学びましたが、ぺーパーアート (紙アート)だけは興味がありませんでした。大学で習得できなかった唯一の分野と今こうして日々向き合う仕事に就くことになり、縁とは不思議なものだと思います。
個性を放つ手作りの紙。今こそ注目される紙の魅力
-製造する紙の特徴は?
パイナップルの葉、バナナの幹といった農業廃棄物やアバカ麻、コウゾ、サラゴ(フィリピン雁皮)、古紙や段ボールの端材などを原料に、日本の伝統技術である和紙の製法を応用・発展させて、手作りの紙を生産しています。
日本の和紙は伝統技術であり、経験が必要です。フィリピンにそうした職人気質的なものを導入するのは難しい。和紙をつくるには、繊細な技術のほかに、気候やきれいな水といった風土の条件も満たす必要があります。当社の紙は和紙ではなく、フィリピンならではの素材でフィリピン人がつくる、フィリピンらしい紙。日本では考えられないほどの手間をかける手作りの紙です。
MASAECOの求人募集には地域住民から多くの応募が集まる。採用後は各自適性に合った部署へ配置される。
原料によって紙の風合いや特徴が変わります。例えば、パイナップルの葉やコウゾを使った紙は繊細であるのに対し、バナナの幹で作った紙は強く、荒々しい雰囲気を醸し出す。また、アバカはコストを抑えて紙をつくることができる。自然の素材なので、すべての紙が個性を持ち、全く同じ紙は一つとしてありません。手作りなので、お客様のご要望に紙1枚からこたえることができるのも強みです。5メートル×10メートルの大判の紙をつくることもできます。
-紙を使った製品の魅力とは?
壁紙、タペストリー、壁飾り、照明のシェード、花瓶、器などを制作しています。顧客層はミドルからハイエンドで、主な市場は日本、米国、欧州。海外の見本市に出展して当社について知ってもらい、市場を開拓してきました。主力製品の一つである壁紙はホテル、カジノ、高級ブランドの店舗などに使われています。
私たちが日常生活で使用している主な紙は印刷用紙、トイレットペーパー、梱包材など比較的価格帯が低い消耗品です。紙商品が高価なものという認識はあまり持てません。当社はそうした認識を変え、紙商品でも十分に付加価値の高い商品を提供できると信じています。紙には、他の素材では表せない柔らかさや温かみ、何度でも再利用できるといった特長があります。電子化が進み、インターネットが発達した現代においても、紙は重宝される素材であり続けると信じています。
現在、当社の製品の90%は私がデザインしていますが、ほかのフィリピン人デザイナーとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。私は日本で生まれ、小学校は中東のドバイ、高校はインド、大学は米国、仕事はフィリピンと、それぞれとても個性の強い文化が根付く国々で暮らしてきました。そうした貴重な経験で得た感性を活かした作品づくりを目指しています。
-今後の計画、目標は?
地元の雇用創出に役立つことと、スタッフがより働きやすく、家族との時間を持つことができるようにしたいと思っています。現在、日本人3人を含む65人の従業員のうち、フィリピン人スタッフはほぼ全員、会社があるバランガイとその近くに暮らす地元の人たち。家族いっしょに当社で働いている人もいます。出勤に時間がとられることもなく、家族団らんの時間もあると思うのですが、今以上にスタッフが自分の時間を持つことができるようにしたいと考えています。
フィリピンという国に対する私の思いを言い表すなら、LOVE&HATE、愛と憎しみが同居しています。フィリピンの魅力は「人」だと言われますし、私もそう思います。明るくやさしく、いつも笑顔を絶やさず生きるこの国の人は好きですが、裏切られたことも幾度となくあり、スムーズに物事が進まないことは日常茶判事。いら立ってしまうこともほぼ毎日です。でも、私はこれまでフィリピン人に支えられて住み続けてきましたし、これからも拠点とし続けて、LOVE&HATEを繰り返して行くことになるでしょう。ゆくゆくは会社のフィリピン人スタッフが独立できるように育て上げて、私は作品の創作に専念しながら、遠くから見守るのが夢です。
佐久間 航(さくま わたる)
MASAECO INC. CEO / 代表取締役社長。1979年兵庫県生まれ。ドバイで小学校、インドで高校生活を経て、米国テネシー州Memphis College of Art卒業。2005年に来比し、カビテ州タガイタイ市在住。「デザイン&ライフスタイル展」(フィリピン貿易産業省主催)等で受賞歴多数。会社名 MASAECO INC. は、タガログ語でmassを意味するMasaと、英語のEcologyを組み合わた造語。環境に配慮した製品を通じ、サステナビリティ(持続可能性)に対する意識を現代の暮らしに届けたいという思いが込められている。http://masaecopaper.com/