特別な日のごちそうの頂点に君臨する料理は何かと聞かれたら、ほとんどのフィリピン人は、レチョン・バボイと答えるだろう。もうすぐ迎えるクリスマスにきっと多くの家庭の食卓に登場し、堂々と鎮座するであろうレチョン。フィリピンが誇る究極のメニュー、レチョン・バボイについて調べてみた。(取材・文:ナビマニラ特別取材班 写真:Sean Aleta)
外はパリパリ、中はしっとり
11月上旬の朝8時。マニラ首都圏パラニャーケ市バクラランのリディアズ・レチョンでは、炭火の熱気と煙に包まれて、25キロの豚が丸ごと1頭、ぐるぐる回りながら焼かれていた。文字通り豚の丸焼きである。焼き始めるのは 毎朝4時。クリスマスはレチョンの注文が殺到する1年で最も忙しい時期で、深夜から焼き始めるという。焼き上がるまでに必要な時間は豚の大きさによって異なり、生後3カ月で体重25キロ、90〜100人分の大型の豚は焼き上がるまでに約3時間を要する。
レチョンのおいしさを決めるのは、豚の質、お腹に何を詰めるか、そして調理時間。表面はこんがりと琥珀色に焼け、いかにも香ばしくパリパリな皮。表面の皮にスパイスを塗って焼き、食べる前にも調理油を塗ることで、ツヤツヤに輝き、食欲をそそる見た目に仕上がる。リディアズ・レチョンでは、レモングラス、ネギなどを詰める。
「クリスピーな皮の食感と、やわらかくジューシーな肉、そしてスパイスが醸し出す香りが、いいレチョンの条件。店独自の味付けとソースもレチョンのおいしさの決め手」と、スーパーバイザーを務めるローナさん。
同店で使う豚肉は、バタンガスの自社牧場で飼育したフィリピン産の白豚で、黒豚や野生のバボイラモはレチョンに適さないという。
レチョン・バボイという名称について、筆者はてっきりタガログ語でレチョン=焼くという意味で、バボイは豚という意味だと思っていた。実はレチョンはスペイン語でミルクの意味のレチェが語源なのだという。フィリピンの甘いカスタードプリン風デザート、レチェ・フランのレチェである。レチョン・バボイはミルクと豚、すなわちスペイン統治時代に乳飲み子豚を串で刺して焼く料理だったことに由来する。重さ3〜4キログラム(8〜10人分)の子豚のレチョンは今、コチニーロ(Cochinillo)と呼ばれる。
レチョン セブ式 VS. マニラ版
何世代も経て、レチョンはフィリピン各地で親しまれるようになって現在に至るが、フィリピンにおいてレチョンといえば、セブが本場というイメージが根付いている。マニラでも「セブのレチョン」を看板に掲げている店がある。セブの中でもタリサイ市(Talisay City)とカルカル市(Carcar City)が「レチョンの首都」といわれる。そして、マニラとセブでは似て非なるレチョン・バボイが存在する。セブのレチョンは、一般に豚のお腹に玉ネギ、ニンニク、コショウ、ローリエ、レモングラスなどのスパイスを詰め、表面全体に塩をふってすりこむ。そして、ココナツの皮でつくった炭で焼く。
一方、マニラのレチョンは豚のお腹に塩とコショウをかけ、木炭で焼く。表面に炭酸飲料のスプライトをすり込むこともある。そして、マニラではレチョンソースが必須。このソースには豚のレバーを主原料に醤油、酢、カラマンシ、チリなどが使われる。マントマス(Mang Tomas)ブランドは、市販のレチョンソースの代表的な存在として有名。なお、リディアズ・レチョンでは、自家製秘伝のソースが使われている。
そばやうどんが東京と関西で違い、ベトナムのフォーもハノイとホーチミンで異なるように、レチョンもマニラとセブで姿も味も変わる。だが、地域ごとに姿や味は違っても、フィリピン人としてレチョンを愛する気持ちは同じだ。リディアズ・レチョンの執行役員リドさんいわく、「フィリピン人はお祝い事が大好きで、レチョンはイベントにおけるステータスシンボル。フィリピンのお祝い事に欠かせないもの、それがレチョン・バボイなんです」
取材後、レチョンをいただくと、その食感と味わいに日本人の筆者も朝から幸せを感じた。レチョン・バボイに魅了されるのは、フィリピン人だけではないのだ。
リディアズ・レチョンで実際にレチョン・バボイがつくられる様子をナビマニチャンネル動画でご覧ください!