「夕方、開いたばかりのバーが好きだ」というのは、レイモンド・チャンドラーの名作『長いお別れ』(The Long Goodbye)に出てくる有名な場面のセリフの1つである。この言葉に合うバーがマニラにあるとしたら、ここしかないと思う。ラッフルズ・マカティのロングバー(Long Bar)だ。
開店直後に行きたい理由
ご存じの通りロングバーの本家は、シンガポールのラッフルズ・ホテルにある。カクテルのシンガポール・スリングが生まれたところであり、歴史と伝説に彩られたバーとして知られる。マカティのロングバーも、本家に倣って誂(あつら)えられたインテリア、きめ細かなサービスでもてなしてくれるスタッフが、ロングバーならではの空間にエレガントな雰囲気を醸し出している。適度に張り詰めたような空気はあるが、決して堅苦しさはない。厳しいドレスコードもないと思われるが、こざっぱりとした格好で行きたいと思わせる。そして行くならやはり開店直後だ。
それはチャンドラーが書いたようにバーの中が静かで、空気がまだクリーンでひんやりとし、磨き上げられて並んだグラスが出番を待つのを眺め、バーテンダーが作ってくれたその晩の最初の1杯をゆっくり楽しみたい、というのもある。 だが、なぜ私がロングバーの開店直後が好きなのかと言えば、ハッピーアワーがあるからにほかならない。毎日午後5時から午後7時、フィリピンのビールおよび輸入ビール、ワイン、カクテル各種、シンガポール・スリングが1,100ペソで飲み放題なのである。
酒との付き合い方を学ぶ
筆者のおすすめは、ドイツ・バイエルンのバイエンシュテファン(Weihenstephan)のラガーと小麦(白)ビール(Hefe Weissbier)。世界最古の醸造所とされるバイエンシュテファンの生ビールを、この歴史あるロングバーで楽しむ。生ビールの管理がしっかり行き届いているので、何杯でも飲めてしまいそうなおいしさだ。
せこいことは言いたくないが、ハッピーアワー2時間で3杯も飲めば、十分元は取れる。白状すると、せこい筆者は元を取らねば、できるだけ飲まねば損とばかりに飲んで、結局何杯飲んだかわからず、ロングバーからいつどのように帰宅したのかも覚えがないほど酔ったことがある。ハッピーな気分だったことは間違いないと思うが、いかんせん記憶がない。
「飲むのなら自尊心を持って飲め」というこれまたチャンドラーの作品に出てくるセリフを、ロングバーは思い起こさせてくれるのである。(T)