中編で書いた通り、ベンゲット州在住の志村朝生さんが作るパイナップル繊維の紙を作品に使用するようになってから、私自身の表現はより深まっていきました。手すき紙と墨汁、水、接着剤の調合で新しい表現が生まれました。手すき紙は手作りで一枚一枚個性があり、工業製品にはない独特の風合いがあります。墨汁と水の量によって、性格が異なる紙が、異なる表情を生み出します。それらの素材から自然の意思のようなものを感じ、2016年以降、ミクロの世界や原始的なもの、アニミズムなどに興味が移っていきました。
マカティ、群馬、札幌で活動
2017年はマカティ市のギャラリー、UndergroundとArtinformalで個展を開催し、群馬県中之条町でのアートイベント「中之条ビエンナーレ」にも参加しました。1カ月半ほど滞在し、会場となった築200年以上の文化遺産の古民家で町の人たちと交流し、古い家と対話するように作品を制作しました。そして、養蚕が盛んだった地域ということから、養蚕の道具を使用したインスタレーション作品(空間全体をアートとして構成する作品)を発表しました。
この年の終わりには、縁あって故郷の札幌でも個展を開催できました。JRタワーホテル日航札幌のロビーで北海道に移住し開拓した人々をテーマに、タイトルは「made roots here -この地に根をおろす-」。中之条も札幌も、その地にあるものからストーリーを汲(く)み出し、アート作品に落とし込むという経験は、自らの内面にあるものを形にしてきた自分にとって非常に良い体験になりました。
翌2018年にはマニラのギャラリーで個展を4回開催し、そのうちの一つがヴァイニル・オン・ヴァイニルギャラリーでの個展「Remembrance」です。この個展ではフィリピンに来て以来ずっとあり続ける問い「フィリピン・日本人・自分」をテーマに制作しました。
日比の歴史、戦争を感じながら
その個展の数年前から、私は第2次世界大戦中に日本軍が発行したフィリピンペソ札(軍用手票、軍票)を集めていました。最初に見たのは、古道具屋で安く売られていたボロボロの軍票。恥ずかしいことに、それまで軍票の存在を知らなかった私は衝撃を受けました。軍票は私に戦争と日比の歴史をリアリティをもって考えさせることとなったのです。日本軍発行のペソ札は、フィリピンでは通称「ミッキーマウスマネー」。価値のないおもちゃのお金、戦争が終わった途端、夢のようになくなってしまったはかないものものだったことから、ディズニーランドに例えているという話を聞いたことがあります。
軍票アートへの迷いと意外な反応
自分の考えがまとまらないまま、軍票を作品として使用するかどうか4〜5年悩みました。正直、今もまだ迷いの中にいますが、思い切ってアートとして再構成し、発表してみてよかったと思っています。展示を見たフィリピンの人々からは意外な反応もありました。40代以上の方は、「昔祖父母の家でこれで遊んだ」いう方も多かったのですが、20代の方は存在を知らない方もたくさんいました。いつか自分の思考がアップデートされた際に、軍票を使ってもう一度個展を開きたいと思っています。
そんなこんなで、気がつけば私はマニラで立派に(?)アーティストになっていました。今は自分を名乗る時にアーティストとして名乗っても何の違和感もなく、それが一番しっくり来ます(活動を始めたばかりの時は、少しハッタリも入っていたと思います)。
私がアーティストになる道程をこのコラムで3回に渡って読んでくださった方に感謝します。こんな人もマニラにいるのだなと思ってもらえれば幸いです。
文:山形敦子
美術作家。2012年よりマニラ在住。主にフィリピンにて個展を開催するなど活動している。
近年の主な展示に、2020年個展『Do you hear it?』Art Informal Gallery(マカティ市)、2019年Mervy Puebloとの二人展『Transcendental』カルチュラルセンター・オブ・ザ・フィリピン(パサイ市)など。
フィリピン以外での展示は、2017と2019年に群馬県中之条町で行われる中之条ビエンナーレに参加。2017年は札幌市のJRタワーホテル日航札幌で個展を開催。その他シンガポールやマレーシアでグループ展に出展している。
またミュージシャンと協業し、ライブで絵を描くライブペインティングも行う。プロフィール写真は2019年11月にマカティ市TIU Theaterで開催したジャズとライブペイントの公演『Jazz En』での公演中の写真。
2020年現在は日刊まにら新聞にも所属。最近の趣味は料理を作って美味しそうな写真を撮ること。
ウェブサイト:https://atsukoyamagata.com/