〜 殉職した医療従事者への思いを込めたアート〜
「12」という数字が持つ意味
マニラ市のフィリピン総合病院(以下PGH)の正面に、12台の古いベッドが設置されています。それぞれのベッドに草花がいっぱいに敷き詰められており、生と死を連想させるものの対比が、見る者を幻想的かつ厳粛な気持ちへと誘います。「Whispering Flowerbeds」と名付けられたこのインスタレーションはアーティスト、トイム・イマオ(Toym Imao)氏の作品。花のベッドに近づくと、何かを物語る人の声がささやくように再生されています。耳を傾けると、それはコロナ禍の中、殉職した医療従事者の家族の証言や、それを基に作られた物語や詩であることがわかります。
フィリピンがコミュニティ防疫を開始してから今年3月で丸1年。12台のベッドはPGHのCovid-19病棟からの廃棄ベッドで、12という数字はコミュニティ防疫の12カ月を表しているそうです。
イマオ氏のフェイスブックに作品の背景が記されています。2月初旬、イマオ氏は、友人で女優・脚本家のビベス・オルテザ(Bibeth Orteza)氏から、彼女の夫がPCR検査からの帰り道、PGHの脇道に積まれた廃棄ベッドを見て、その光景に圧倒されたという話を聞きました。イマオ氏はすぐにその光景を見に行き、こう思ったそうです。「この1年の間に命を落とした人々へ敬意を示すために、何かできないだろうか?」。そして、花のベッドのアイデアがひらめいたと言います。イマオ氏のプロジェクトは、フィリピン総合病院とフィリピン大学による殉職した医療従事者へのトリビュート・プロジェクトとなりました。
この作品を通じて伝えたいこと
「私たち全員に、このプロジェクトに情熱を注ぐ個人的な理由があるのです」と、イマオ氏はフェイスブックで語ります。ビベス・オルテザ氏のきょうだい、ニール・オルテザ医師はコロナで亡くなった最初のフロントライナーの1人。彼の3人の娘と研修医・医学生が、ベッドに花を植えるのを手伝ってくれたことには感じ入るものがあったそうです。イマオ氏本人も、昨年コロナで亡くなった医師の葬儀に検疫中の家族の代わりに出席し、遺灰を届けるという経験がありました。
イマオ氏は「このアート作品を通して私が伝えたいことは、私たちが常に緊張感を持ち、国のリーダーたちの方針とパンデミックへの対応に、説明を求め続けるということ。決して殉職したフロントライナーたちのことを忘れず、今も医療従事者たちは最前線で私たちの命を守るために戦ってくれていることを忘れてはなりません」と伝えています。
3月30日は、PGHが新型コロナウイルスの指定病院に認定されて1周年でした。本来このアート作品は3月30日に一般公開されるはずでしたが、再び感染者が急増したため4月9日に変更されました(3月24日現在)。イマオ氏によると、状況次第ではもう少し後になるかもしれないとのことです。トリビュート・プロジェクトはオンライン配信もされる予定。作品は5月下旬ごろまで一般公開されるそうです。
写真提供: トイム・イマオ氏
文:山形敦子
美術作家。2012年よりマニラ在住。主にフィリピンにて個展を開催するなど活動している。
近年の主な展示に、2020年個展『Do you hear it?』Art Informal Gallery(マカティ市)、2019年Mervy Puebloとの二人展『Transcendental』カルチュラルセンター・オブ・ザ・フィリピン(パサイ市)など。
フィリピン以外での展示は、2017と2019年に群馬県中之条町で行われる中之条ビエンナーレに参加。2017年は札幌市のJRタワーホテル日航札幌で個展を開催。その他シンガポールやマレーシアでグループ展に出展している。
またミュージシャンと協業し、ライブで絵を描くライブペインティングも行う。プロフィール写真は2019年11月にマカティ市TIU Theaterで開催したジャズとライブペイントの公演『Jazz En』での公演中の写真。
2020年現在は日刊まにら新聞にも所属。最近の趣味は料理を作って美味しそうな写真を撮ること。
ウェブサイト:https://atsukoyamagata.com/