映画好きにとっても、あまりなじみがないフィリピンのインディペンデント映画。しかし、国際的に高く評価される作品も多く、フィリピンを深く知るきっかけを与えてくれます。フィリピンのインディペンデント映画について国際交流基金マニラ日本文化センターの鈴木勉所長に聞きました。

 

 

 

鈴木 勉  Ben Suzuki
国際交流基金マニラ日本文化センター所長
Director, The Japan Foundation, Manila
バンコク日本文化センター、ジャカルタ日本文化センターを経て、2005年から2010年マニラ日本文化センター所長。帰国後、国際交流基金アジアセンター等で勤務し、2020年よりマニラ日本文化センター所長に再任。青山学院大学総合文化政策学科博士課程在籍中。専門分野は国際文化交流、文化外交政策。1963年神奈川県生まれ。単著に『フィリピンのアートと国際文化交流』(水曜社)、共著に『フィリピンを知るための64章』(明石書店)、『東南アジアのポピュラーカルチャー』(スタイルノート)、『国際文化交流を実践する』(白水社)など。
「2020年に『インディペンデント映画の逆襲 フィリピン映画と自画像の構築 』(写真/風響社刊)を上梓したのですが、3年間の執筆中は日本から2カ月に1回はフィリピンへ現地取材に訪れていました」

 

 

 

 

フィリピン映画の黄金期

 

 「フィリピン映画は今、戦後第三期の黄金時代にある」。これが、映画関係者や識者の一致した見方です。米国の影響を受けて製作された娯楽映画が人気を博した1950年〜60年代を第一期、リノ・ブロッカ監督作品のようにカンヌ国際映画祭で評価される社会派映画が生まれた1970年代半ばから80年代中頃を第二期、そして、2000年代中期から現在を第三期の黄金時代と位置付けています。今の黄金期を牽引する存在こそ、大手の映画製作会社に依存しないインディペンデント映画、創り手の表現欲に忠実につくられた映画なのです。フィリピンのインディペンデント映画は国際的な評価も高く、ベネチア、カンヌ、ベルリンといった世界三大映画祭でも常連となっています。

 

 

映画で社会を変える

 

 現在フィリピンでは、マニラに限らず地方でも多くのインディペンデント映画祭が行われていますが、大きな起点となったのは2005年に始まったシネマラヤ・フィリピン・インディペンデント映画祭。シネマラヤという名称は、「シネマ」とフィリピン語で自由を意味する「マラヤ」を掛け合わせた造語です。私はその第1回のオープニングに立ち会ったことをきっかけに、フィリピンのインディペンデント映画を追い続けるようになりました。その時強く感銘を受けたのは、若いフィリピン人の映画製作への情熱です。日本では社会に対する思いをストレートに映画に反映するというのは、時にはばかられるようですが、フィリピンは違う。日本の映画関係者が驚くほどに、自分が持つ社会への思い、メッセージを映画で直接的に描きます。それは、映画というアートによって社会を変革することができると信じているからにほかなりません。1986年のエドサ革命前後、アーティストや映画製作者が果たした先導的な役割を受け継いでいるともいえるのです。

 

 

将来の課題と期待

 

 フィリピンのインディペンデント映画には、1つの作品の中にいろいろな要素が詰まった、まさにハロハロな魅力があります。例えば『カティプス』(2021年ビンセント・M・タニャーダ監督)は1970年代の戒厳令下の圧政に対する抵抗運動を舞台にしたロマンスであり、ミュージカルですが、最後は活動家の男女が拷問によって殺される悲劇でもある。とても重いテーマですが、エンターテインメントの要素も取り入れた作品に仕立てるのは、フィリピン映画ならではの特徴の一つでしょう。

 

 現在、東南アジアの映画で国際的な評価が高いのはフィリピン、インドネシア、タイ、そして注目を集めているのはベトナム。韓国の大手製作会社がベトナムを舞台に韓国ドラマをリメイクした作品が人気です。

 

 フィリピンの若者にとって、インディペンデント映画での成功は、一気に国際的な名声を手に入れるという野心を掻き立てる面もあり、創り手の裾野は広がり続けています。多様性に富み、良質な作品が生み出されることで国際的な評価を得て、映画ファンにも支持されています。一方で、大多数の一般的な観客を惹きつけるまでには至っていません。大型の映画館でのロードショーではなく、小規模なシアターでの上映がメインです。観客を増やすことが、インディペンデント映画の課題でしょう。最近は学校など教育現場で上映するといったことも行われています。若い世代の観客がインディペンデント映画を見れば、きっと新しい発見があるはず。また、昨年公開された『義足のボクサー GENSAN PUNCH』(ブリランテ・メンドーサ監督)のように、今後日本との共同製作による作品が増えることも期待しています。

 

 

鈴木所長に聞く

フィリピン映画以外で好きな映画は?

 

「フィリピン映画以外の映画を見る時間がないのですが、挙げるなら学生時代に名画座で見た黒澤明監督の『生きる』(1952年)。ガンで余命を宣告された市役所に勤める主人公の男性が、自分が手がけた公園のブランコで、いのち短し 恋せよ乙女 〜(『ゴンドラの唄』)と歌うシーンが今も鮮烈に心に残っています。ラブ・ディアス監督を取材した時、子どもの頃にこの映画を父親と見た思い出を語ってくれました。1960年代の末、彼の故郷であるミンダナオ地方南コタバト州の小さな町でも上映されていたと知って、胸が熱くなりましたね」

 

 

 

 

鈴木所長おすすめフィリピン映画

 

立ち去った女
Ang Babaeng Humayo
2016年 ラブ・ディアス監督
冤罪で服役した後、地元へ戻った女性は自分を陥れた元恋人への復讐を企てる。フィリピン社会における神の存在と信仰について問う作品。ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞。日本でDVD発売。

 

ダイ・ビューティフル
Die Beautiful
2016年 ジュン・ロブレス・ラナ監督
急死したトランスジェンダー女性をめぐるコメディ映画。性的少数者として家族との葛藤を抱えつつも誇り高く生きた姿が描かれる。東京国際映画祭で観客賞と主演男優賞を受賞。日本でDVD発売。

 

シグナル・ロック
Signal Rock
2018年 チト・S・ロニョ監督
北サマールに暮らす少年がフィンランドへ出稼ぎに行った姉に電話をする時、彼はある岩場にやってくる。なぜなら、その岩場でのみ電話が通じるからだ。生活のため離散を余儀なくされた家族の実話に基づく作品。Netflixで上映中。

 

 

マキシモは花ざかり
Ang Pagdadalaga ni Maximo Oliveros
2005年 アウレウス・ソリート監督
マニラのスラムに住むゲイの少年のほろ苦い初恋を描くラブコメディ。第1回シネマラヤ最優秀作品賞、ベルリン国際映画祭テディ賞など受賞。100カ国以上で上映されている。

 

パン・デ・サラワル
Pan de Salawal
2018年 チェ・エスピリト監督
病に苦しむ孤独なパン職人の男性が、不思議な能力を持ったホームレスの少女と出会う。パンデサルという庶民の象徴をモチーフに、困難を抱える人々の心の交流を描いたハートフルな作品。Netflixで上映中。

 

 

 

 

フィリピンインディペンデント映画上映館 in メトロマニラ

 

Cinema ’76 Film Society

 

写真提供:Cinema ‘76 Film Society

 

 

 首都圏ケソン市に位置するインディペンデント映画を主に上映する映画館。フィリピンの映画製作会社「TBAスタジオ」が運営し、自社製作映画や国内のインディペンデント映画に限らず、日本を含め海外の映画も上映する。

 

 2016年の設立以来、インディペンデント映画に光を当て続けているこの映画館は、もともと首都圏サンファン市にあったが、昨年11月23日に現在の場所に移転。Cinema ’76カフェを併設し、このカフェで購入したものならシアター内に持ち込みが可能。映画鑑賞後に感想を話しながら食事を楽しむのにも便利。また、映画監督や俳優を招いてのトークやクイズナイトなどのイベントも行われる。上映スケジュールやイベント情報はフェイスブックで公開。

 

 

 

T. Morato Ave, cor Scout Borromeo St, Quezon City
Tuesday – Sunday   12pm – 8pm

 

 

Film Development Council of the Philippines(FDCP)

 

 フィリピン映画開発委員会(FDCP)内にシアター「Cinematheque」(シネマティック・マニラセンター)があり、インディペンデント映画を上映。また映画のオンラインストリーミングサービス「JuanFlix」(ファン・フリックス)も運営。館内には映画にちなんだアート作品や映写機なども展示されている。

 

 

 

 

855 T.M. Kalaw St., Ermita, Manila
Monday – Friday 9am – 6pm

 

In the Mood for Movies

 

In Movies They Trust:
the Power to Change the Society

 

The Philippines has produced numerous internationally acclaimed independent films. Watching them, we get to know the Philippines better. What fascinates us about Philippine independent movies? Navi Manila interviews Mr. Ben Suzuki, the director of the Japan Foundation, Manila, who has been researching Philippine independent films.

 

 

The Golden Age Now

Experts say the Philippine movie industry is now in the third golden age after the first golden era in 1950-60s, when many movies were made by major movie production companies, and the second between the mid 70s and the mid 80s, when excellent human dramas received worldwide reputations like Lino Brocka’s films.
It is independent films that have driven the third golden age. The Philippines’ independent films are globally praised and frequently nominated in the world major film festivals in Venice, Cannes, and Berlin.

 

 

Raise Voice in Films

As a lot of independent film festivals are now held throughout the Philippines, the breakthrough point of the Philippine independent film festivals is Cinemalaya. Since its launch in 2005, I have followed the Philippine independent films as I was so impressed with young creators’ passion for movies. Filipino movie creators put their message for the society in their films while the Japanese movies do not usually convey a direct message. Filipino filmmakers do believe movies can change the society.

 

 

 

 

 

Challenges and Aspirations

I think one of the compelling aspects of the Philippine independent films is a “halo-halo” style in which various genres and factors are blended in a movie. For example, KATIPS, directed by Vincent M. Tañada, is a musical, drama, romance and tragedy set in the 1970s protests against tyranny during the Martial Law era. Filipino film makers are good at making a dark and gloomy topic into brilliant entertainment.

 

As talented filmmakers emerge one after another in the Philippines, a diverse variety of good independent movies are created. They are well received by critics and core fans, however, they often struggle to attract mass audience. Independent films are usually screened in small theaters, not in big cinema complexes. To attract more audience is a critical issue for independent movies. In order to get more awareness among young people, there is a project to show independent films in schools as a part of education. I also expect Filipino and Japanese filmmakers to collaborate more in the future like GENSAN PUNCH directed by Brillante Mendoza.