【北の町バギオから】先住民初の上院議員の誕生なるか?

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2022年4月11日

 

 5月9日に行われる総選挙に向けて、国政レベルの選挙活動が2月8日にキックオフ。地方レベルも3月25日に解禁となり、各地で熱狂的な選挙キャンペーンが繰り広げられている。国政レベルで、大統領、副大統領とともに全国区の直接選挙で選ばれるのが上院議員だ。フィリピンは上院・下院の二院制で、上院議員の任期は6年。今回は24議席のうち12議席を争う選挙が行われる。

 

 大統領選ばかりが注目を浴びる国政選挙だが、上院議員の政治的権力は大きく、条約の批准権を持っている。今回大統領候補に名を連ねているパッキャオ候補やラクソン候補は、現役の上院議員だ。その上院議員選挙に、コーディリエラ山岳地方イフガオ州出身のテディ・バギラット氏が立候補している。当選すれば、初の先住民族出身の上院議員となる。

 

バギラット氏の故郷はイフガオ州キアンガン。世界遺産に指定されているナガカダンの棚田がある。

 

 

環境家でもあるバギラット氏

 

 

 現在55歳のバギラット氏のイフガオ州での政治的経歴はなかなか華やかだ。1992年に25歳の若さでキアンガン町会議員に。3年間の任期を終えたのち町長選に出馬して当選し、6年間町長を務めた。その後、2001年から3年間はイフガオ州の知事。2004年の選挙では落選したが2007年に再選し、3年間州知事を務めた。2010年にはイフガオ州下院議員になり国政の舞台へ。3期9年間、下院議員として活動した。下院議員の任期中には、連邦議会の議長に立候補したこともある。

 

 バギラット氏の政治的活動の根底にあるのは、先住民族としてのアイデンティティだ。下院議員時代には、先住民とそのコミュニティーの地域保全法案、コーディリエラ有機法案、先住民族教育法案など、数々の先住民族の権利に関わる法案の作成にかかわってきた。また、世界遺産の棚田と豊かな森林、そして先住民独特の伝統文化を擁するイフガオ州出身の政治家として、環境保全も彼の活動の中心にある。政治家になる前、大学卒業後の4 年間は環境自然資源省(DENR)に勤務し、2004年には「Save the Ifugao Rice Teraces Movement (SITMo)」(イフガオの棚田を救う運動)というNGOを設立して、当時「危機遺産」となっていたイフガオ州の棚田の保全活動を積極的に行なった。

 

 

 フィリピンは多民族国家で110の民族語グループ、1400~1700万人の先住民がいると推定されているそうだ(UNDP=国連開発計画)。そのうちの33%がルソン北部、61%がミンダナオ島に居住しており、多くが森林、水、鉱物など豊かな自然資源のある地域に暮らしている。そのため、今も開発に伴う居住地の土地の権利問題やそこから派生する人権侵害問題など、先住民に関する課題は山積みだ。

 

 

 先住民居住地の環境的価値をマッピングし、生態系サービスとして先住民に還元するための活動をしているNGO「先住民とコミュニティの保全地域コンソーシアム」代表でカンカナイ族のジョバンニ・レイエス氏は、バギラット氏の活動のあり方をイフガオの先人たちが棚田の水を絶やさないために伝えてきた森林保護のシステム「ムヨン」になぞらえて語る。

 

 

 「彼が手がけてきた多くの法案の中には、政治的立場に関係なくすべての国民の権利を守るためのものが含まれています。彼の祖先のイフガオの人たちがムヨン・システムを作り上げたときと同じやり方です。ムヨンによって水源の森が守られ、かけがえのない水を(イフガオ州に住む)アヤンガン族、トゥワリ族、カラングヤ族たちの村とその棚田だけでなく、未来の世代にまで行き渡らせることができているのです。ムヨンは何千ヘクタールもの低地にある農業地域やアンガット・ダムなどの電力網にかけがえのない恩恵を与えています。ムヨンがルソン島の広域の食糧確保と電力供給に貢献しているのです。これこそ、信頼に値する上院議員に必要な考え方ではないでしょうか?」

 

 

ふんどし姿で遊説

 

 

 イフガオ州での選挙運動では、先住民族であることを示すために多くの候補者が民族衣装で選挙活動を行う。バギラット氏にとって今回の上院選は初めての全国レベルでのキャンペーン。ふんどし姿での遊説に度肝を抜かれる有権者もいるかもしれない。同時に全人口の10%以上を占める先住民族の存在とその権利をアピールするまたとない機会でもある。もしかしたら、今まで先住民の上院議員がいなかったことがおかしいといえるかもしれない。

 

 

コーディリエラ地方伝統のふんどし姿で遊説するバギラット候補。(バギラット氏フェイスブックより)

先住民の存在をアピールする民族衣装のインパクトは大きい。(バギラット氏フェイスブックより)

 

 イフガオ州の棚田と伝統文化の保全運動を支援してきた日本ユネスコ協会連盟の関口広隆氏は、バギラット氏をこう評す。

 

 「“地”の知識人。私が初めて彼に会った時の印象です。ふんどし姿はパフォーマンスではありません。イフガオで儀式があるときには、当たり前のように民族衣装で地に座り、仲間と語らいます。代々受け継がれてきたイフガオ先住民の知識が、近代化の波で失われようとした時、その保全を州の政策として真っ先に提言したのは、“地”の記憶を絶やさないというバギラット氏のエネルギーのなせる業だったのでしょう。急速に発展するフィリピンですが、社会の持続可能性が大きな問題になってきています。バギラット氏のコーディリエラ地方についての“地”の知識が、フィリピン上院で語られるようになれば、1億1千万人の人口を抱えるフィリピン全土の持続可能性に大きく貢献すると思います」

 

 先住民の権利と、彼らが守りたい貴重な自然と資源のために声を上げるバギラット氏。ふんどし姿の上院議員が誕生となるだろうか。

 

関口広隆氏の著書『世界遺産を守る民の知識』(明石書店)。ユネスコ協会連盟が行ったイフガオの棚田に伝わる伝統の知恵とその継承者の保全活動についての貴重な記録だ。

 

 

 

反町 眞理子

環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業を運営。

Yagam Coffee オンラインショップ https://www.yagamcoffeeshop.com/

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク  https://cordigreen.jimdofree.com/

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