【北の町バギオから】イフガオの棚田は今も どこまでも青かった

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2023年5月10日

 

観光客が消えた3年

 

 

 コロナ禍で山岳地方の観光地に人が行かなくなって早3年。バギオ市は休日のたびにマニラからの観光客であふれているが、交通の便の悪い山岳部に足を延ばす観光客はまだ少ない。

 

 そんな中、3月下旬、ユネスコ世界文化遺産に登録されている「コーディリエラの棚田群」があるイフガオ州バナウエと、隣のハパオの棚田を3年半ぶりに訪ねた。

 

 

 

 

 コロナの前はバックパックを背負った欧米人観光客であふれていたバナウエの町だが、まだ観光客の姿はまばらだ。私の定宿だったゲストハウスの食堂でも観光客の姿は見られない。新しく作られたアクリル板で囲まれたフロントにいる女性は、「いつもあそこの席に座っていた白髪のおばあさんを覚えている? パンデミックの最中に亡くなっちゃったのよ」と寂しく語った。

 

 町中の小さな宿の中には、営業しているのかしていないのかも定かでない宿もあった。3年間も客を待ち続けて、もうやる気を失ってしまったかのようだ。

 

 

バナウエの「新顔」

 

 

 そんな中、希望を失わずにパンデミック中にリニューアルした素敵な宿泊施設もあって、心からうれしく、応援したくなった。まずは、バナウエの町中から坂を1キロほど下ったボコス村の急斜面にあるライス・ホームステイ。ツアーガイドでもあるオーナーのフェナさんは、観光客が戻ってくる日に備えてロックダウン中も宿の改築・改装を少しずつ続けた。テラスからは一族が守ってきたという棚田の田植えの準備として、水を入れ、土をくだいていく代掻き(しろかき)の作業をする人の姿が間近に見えた。イフガオ伝統の高床式の家屋も移築され、宿泊できるようになっている。

 

 

ライス・ホームステイのテラスからの風景

ツアーガイドでライス・ホームステイのオーナーのフェナさん。ライス・ホームステイ (Rice Homestay)予約はホテル予約サイトからも可。

 

 

 バナウエ・ヘリテージ・ホテルは、イフガオ先住民の生活道具や儀礼に使う道具などを展示する博物館と同じ建物内にオープンした。博物館の展示物は、もともとはバナウエに移住したカナダ人夫妻の個人コレクションだったのをマニラの出版社が買い取り、建物をホテルに大改装した。洗練されたナチュラルでシンプルなデザインの部屋は居心地がいい。

 

 

 

 

  各部屋の名前が書かれたプレートには、イフガオの言葉とモチーフが在バギオのアーティストが彫った版画でしつらえられている。木彫名人が多いことで知られるイフガオならではクラフト感だ。圧倒される数の展示物コレクションをじっくり楽しみながらの滞在におすすめしたい。

 

 

 

 

部屋の名前は伝説の登場人物,風習などにちなんでいる。

 

 

 

 

今も変わらない風景

 

 

 バナウエの隣、川の両岸に広がる壮大な棚田がすばらしいハパオにも足を延ばした。ツアーガイドのジョセフさんによると、旅行者はまだ全く戻ってきていないという。来たとしてもバナウエに泊まり、チャーターした車を止めて道路沿いの展望台で景色を眺めて帰るだけだそう。宿泊したり、ガイドを雇って棚田の中を散策し、川沿いの露天風呂を楽しむ観光客はまだほとんどいない。

 

 

 

圧巻のハパオの棚田

 

 「パンデミック前はメディアやYouTubeで紹介されて観光客が増え始めていました。なので観光で村の経済が良くなると確信していたのですが……」とジョセフさん。

 

 

 早朝、ジョセフさんにガイドしてもらい、棚田を歩いた。田植えを終えたばかりの棚田の稲はどこまでも青く、3年半前と何一つ変わらない。田んぼのへりで雄大な棚田を眺める老人の姿もそのままだ。何が起ころうと静かに運命を受け入れながら、日々をたんたんと生きるイフガオの人々。そして、彼らを支えてきた棚田。今回の旅は、まるで時間が止まっている夢の世界に迷い込んだかのような経験だった。

 

村人が互いの髪を切るイフガオ流散髪

 

 

 

反町 眞理子

環境 NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network / CGN)代表。Kapi Tako Social Enterprise CEO。山岳地方の先住民が育てた森林農法によるコーヒーのフェアトレードを行う社会的企業Yagam Coffeeを運営。

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク  https://cordigreen.jimdofree.com/

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