伊藤実喜さん 医師・医学博士 Dr. Miyoshi Ito 東京上野マイホームクリニック院長。STCメディカル国際クリニック(マニラ市マラテ)理事。デ・オカンポ医大(De Ocampo Memorial College) 客員教授。1951年福岡県小郡市生まれ。福岡大学医学部大学院博士課程修了。フィリピン各地の貧困地区や刑務所などで医療ボランティアを行うとともにドクターマジックとして手品ショーを開催。1993年第60回奇術世界大会(カナダ・バンクーバー)優勝。所属学会:日本臨床内科医会、日本糖尿病学会(生活指導医)、日本再生医療学会(厚労省再生医療第2種取得医)、日本温泉学会(温泉療法専門医)、日本旅行医学会(認定医)、日本性機能学会、日本奇術協会(芸名 Dr. Magic)、NPO日本フィリピン夢の架け橋代表 手にはパートナーの「ジッキ君」。黒い目玉はマグネット、磁気(じき)。中学時代に担任の先生から本名の実喜(みよし)をジッキと呼ばれたことに由来する。 「自分を犠牲にしてでも家族のことを思うほど愛情深く、親日家が多いこと、LGBTQの人々が受け入れられ、多方面で活躍していることなどにフィリピンの魅力を感じます」

 

 

 

レイテ島から始まった医療支援

 

 

 福岡県小郡市議会議員をしていた叔父の故伊藤賢次郎から、彼が設立した日本レイテ友好協会の活動を手伝うように頼まれたのがフィリピンに関わるきっかけです。1996~97年頃ですね。

 

 

 叔父の後援会長はレイテ島で終戦を迎えた人でした。その人の話を聞いた叔父が政治家として自分も実情を知っておくべきと、レイテ島ビリヤバ町の町長を表敬訪問したところ、その方は戦時中に親日派ゲリラのトップだった人の息子だった。戦争で大変な思いをしたにもかかわらず、日本軍が道路や井戸などを整備してくれたという理由から、その町にはフィリピン人と日本兵の戦死者の合同慰霊碑がありました。 そして、水がなく困っていると聞いた叔父は、日本政府からの資金援助を得て井戸から水をすくい上げる簡易水道をつくったんです。また住民が肉体労働で体の痛みに苦しんでいると久光製薬に伝えたところ、同社の会長もレイテ島で終戦を迎えた方で、共感いただいて大量のサロンパスを提供してもらったこともあります。

 

 

 そのような支援活動をしていた叔父から医師である私に要請があり、定期的にレイテ島を訪れて無医村地区医療ボランティアを始めました。盛大なパレードで大歓迎を受け、感激しました。しかし、2001年9月11日に起きた米国での同時多発テロ後、ミンダナオ地方でイスラム過激派によるテロが活発化し、レイテ島でも叔父が誘拐されそうになるなど治安が悪化。私もボランティアを続けるのは危険だと言われ、 マニラに活動拠点を移すことにしました。

 

 

 バランガイから住民を診察してほしいという要望が寄せられ、口コミで広まっていきました。最近5年でもルソン地方サンバレス州オロンガポ、パンパンガ州アンヘレス、首都圏マニラ市トンド、首都圏ケソン市パヤタス、ブラカン州メカワヤンやマロロス、ビサヤ地方セブ市、ミンダナオ地方ダバオ市など広域に渡り、1カ所で約200人を診療します。

 

 

 

 今年も2月にオロンガポ、7月にリサール州アンティポロで診療を行いました。内科医の私のほかに歯科医も同行し、必要に応じて抜歯もします。バランガイの認可を得ているのでその場で治療、薬の処方もできるのが、私たちの活動の強みです。

 

 

 

 活動中、いろいろな人に出会います。セブのマンダウエ刑務所では、受刑者から脚を診てほしいと言われて診ると、逮捕された時に警察官に銃で撃たれた傷口が放っておかれ、化膿していました。しかし、勝手に治療することはできないというので、所長に説明し、許可を得て治療したことがあります。

 

 

 レイテ島では、ヘビに咬まれて腕が腫れあがっている人がやってきました。止血しましたが、薬がありません。困っていると、なんでも治せる人の所へ行くとのこと。いわゆるシャーマンです。どんなことをするのかと一緒に行ってみると、植物でお祓(はら)いのような動作をして終わり。その後、患者は快復しました。咬まれたのが猛毒のヘビでなかったことが理由だと思うのですが……。

 

 

 

 ある山奥の村ではひどい便秘に苦しみ、足も腫れ、腹水もたまっている男性が来ました。薬がなかったので代わりにスイカの赤い身をオレンジ色になるまで煮込んで食べるように言いました。すぐれた利尿、排便効果があり、すぐにその男性から「治った!」と連絡がありました。薬を買えなくても、フィリピンには果物が豊富にあります。果物を焼いたり煮たりすることで薬理作用が期待できるのです。

 

 

 

 

7月20日、リサール州アンティポロ市バランガイ・サンロケでの医療ボランティア。内科と歯科合わせて約300人の住民が診療を受けた。「糖尿病と高血圧、ひどい通風結節の男性がおられ、食生活の改善を指導しました」(写真提供:日本国際医療奉仕会)

 

 

 

パッチ・アダムスにほめられた!

 

 

 医療にマジックを取り入れるのは、私たちは五感でつくられているからです。見る、聞く、味わう、においをかぐ、ふれあう。絵を見る、音楽を聴く、おいしいものを食べる、花のいい香りをかぐ、人とふれあう。こうすることで、私たちは楽しいと感じ、リラックスし、不安が取り除かれ、痛みが和らぐのです。しかし医療の現場では、患者の五感を刺激する機会が欠けている。マジックを見ることで、患者は楽しんで気分転換ができ、治療の不安も解消されます。マジックは年齢も、言葉も関係なく、目の前で起きている現象がわかりやすく伝わります。

 

 マジックの効能についてこんな経験があります。救急病院に手首を切って自殺を図った23歳の女性が運ばれてきました。全く話そうとせず、治療もできません。そこで、私は彼女にカードを使ったマジックを披露しました。すると心を開いてくれて治療も進んで無事退院し、彼女はマジッククラブに入って学ぶまでになったのです。また、末期のすい臓がんの痛みから苦悶の表情で寝たままのおじいさんを往診したときのこと。私がマジックを見せたところ、そばにいたお孫さんが大喜びし、その後で奥様から「主人が笑ったのを久しぶりに見ました」と言われました。

 

 ユーモアを医療に取り入れ、映画にもなった医師パッチ・アダムス氏が日本に講演にいらしたとき、お会いしたことがあります。私が医療の現場にマジックを取り入れていると話すと、アダムス氏に「あなたは本当の医療をしている」と言っていただいた。うれしかったですね。

 

 ちなみに私が所属している日本奇術協会には、初対面の人にマジックを披露しなくてはならないという決まりがあるので、いつもマジック用の小道具を持っています。道具を使えないとき、例えば温泉の風呂の中でもできますし、1年間毎日違うマジックを見せることができるレパートリーを用意しています。

 

 

 

 

最初はおとなしく座っている子どもたちも・・・・・

手品が盛り上がるにつれてドクターマジックを取り囲む事態に(上)。(写真提供:日本国際医療奉仕会)

 

 

再生医療と貧困救済の実現へ

 

 

 フィリピンの食事、特に貧困層では空腹を満たすためにご飯を多く、おかずは少なく、野菜は食べないという習慣が根付いています。甘いものが好きで、歩くことは少ない。そのため肥満、糖尿病になる人が小児を含めて実に多い。2030年には1800万人が糖尿病になるともいわれています。

 

 

 

 そこで私たちは、奇跡の植物と呼ばれるマルンガイとタピオカの原料でおなじみのキャッサバ芋を食事に取り入れるよう勧めたいのです。マルンガイもキャッサバ芋もフィリピンではおなじみの食材であり、栄養が豊富なだけでなく、血糖のコントロールをはじめ健康と糖尿病予防にさまざまな効果が期待できます。現在はまだ住民の病気予防、衛生面まで手が回らないバランガイにも、健康的な食生活を広めるのに協力してほしいと思っています。

 

 

 

 2021年、首都圏マニラ市マラテにSTCメディカル国際クリニックを開設しました。名前のSTCはSTEM CELL、すなわち幹細胞に由来します。私は20年前から幹細胞が豊富に含まれるへその緒のさい帯血の再生医療を研究し、脳性麻痺、糖尿病、透析回避、美肌シミ改善、発毛などの臨床効果を実感してきました。

 

 

 

 フィリピンでは、出産時にさい帯血は破棄されています。貧困層の女性が出産したとき、さい帯血を合法的に提供してもらい、幹細胞を培養する。そして、再生医療が必要な人々に役立てる一方、収益をさい帯血を提供してくれた貧困層の人々に還元する。そうすることで、貧困からの救済ができるのではないか。STCメディカル国際クリニックは、こうした思いから20年をかけて設立しました。

 

 

 

 今後は、フィリピン政府へ働きかけ、目標の実現へ向けて進んでいきたいと思います。もちろん、医療ボランティアとマジックショーも続けます。次回は来年1月、サンバレス州オロンガポのバランガイでの開催を予定しています。