【フィリピノ・ワールド】Pasko クリスマス

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2023年12月22日

 

 

 

 みなさん、こんにちは。Kumusta kayo? 今年もクリスマスがやってきました。フィリピン語で「メリークリスマス!」はMaligayang Pasko!(マリガヤン・パスコ!)と言います。Maligayaは「楽しい」という意味でPaskoはクリスマスです。タガログ語やビサヤ語ではPasko、イロンゴ(ヒリガイノン)語やイロカノ語ではPaskuaまたはPaskwaと言うこの言葉は、スペイン語のPascua(パスクワ)から来た言葉です。ところがスペイン語のPascuaは単独では一般に「復活祭」、つまりイースターという意味で使われます。不思議ですね。

 

 

 スペイン語のパスクワは、ヘブライ語の「ペサハ」やギリシャ語の「パスハ」から来ています。これはユダヤ教の「過越祭(すぎこしのまつり)」を表す言葉で、エジプトで奴隷状態にあったユダヤ人がモーゼに率いられ解放されたことを記念して行う行事です。キリスト教ではイエス・キリストが十字架にかけられた後、復活したことを祝う復活祭の原型がこの「過越祭」であったとして、後には「復活祭」そのものを「ペサハ」「パスハ」と呼ぶようになりました。

 

 

 実は「パスクワ」は様々な祭事の名称にも使われています。例えばクリスマスはPascua de Navidad(パスクワ・デ・ナビダ=「降誕祭」)と呼ばれますし、「聖霊降臨祭」は“Pascua de Pentecostés”(パスクワ・デ・ペンテコステス)と呼びます。スペインではPascua de Navidadの「降誕」を表すNavidadだけで「クリスマス」を表すことが多いのに対して、フィリピンの場合は de Navidadが脱落してPascuaだけが残ったようです。またスペインではPascuaだけだと復活祭を表すものの、復活祭の前の木曜日から日曜日にかけての期間は「聖週間」Semana Santa(セマナ・サンタ)とも呼ばれ、フィリピンではこの方が一般的なため、フィリピンでは「パスクワ=復活祭」という意味では定着しなかったのかもしれません。

 

 

 フィリピンの英雄ホセ・リサールはスペインで学び、スペイン語の書簡や小説を残しました。流刑先のミンダナオ地方のダピタンからマニラにいる甥に送った手紙には、「英語の “Felices Pascuas”(フェリセス・パスクワス)はメリークリスマス」と書いてあります。現代ではスペイン語でのメリークリスマスの挨拶はFeliz Navidad(フェリズ・ナビダ)と言うのが一般的ですが、リサールの生きた19世紀には“Felices Pascuas”が一般的だったのでしょう。

 

 

フィリピンのクリスマス飾り「パロル」。クリスマスの首都と呼ばれるパンパンガ州サンフェルナンド市ではこのような豪華なパロルが見られる。

 

 

 実は2019年4月のスペイン王立アカデミー(RAE)によるX(旧ツイッター)の投稿に興味深い説明がありました。その投稿によると “Feliz Pascua”と単数形で呼ぶ場合は「復活祭おめでとう」という意味になり、複数形で “Felices Pascuas”と使う場合には、一連の行事を示すため「メリークリスマス」という意味になるそうです。同様に筆者の手元にある白水社の「現代スペイン語辞典」にも、¡Felices Pascuas y próspero Año Nuevo!「メリークリスマスそして謹賀新年」という例文が出ており、正式な表現であることがわかります。スペイン植民地時代のフィリピンでもこのような挨拶を使ううちに、「パスクワ」ひいては「パスコ」はクリスマスという意味で定着していったのかもしれません。このように言葉が伝播した先では、元の意味と変わったり、あるいは伝播した先に古い表現が残ったりするという現象はよく見られることですが、何がどのように取捨選択され、変化していったのかを見るのは興味深いですね。

 

 

 今回はクリスマスを表す「パスコ」という言葉の由来を深堀りしてみました。それでは皆様も良いクリスマスをお過ごしください。Maligayang pasko!

 

 

 

文:デセンブラーナ悦子 日英・タガログ語通訳。大阪外大フィリピン語学科卒。在学中にフィリピン大学に交換留学。フィリピン人男性と1992年に結婚後マニラ在住。

Twitter:フィリピン語ミニ講座@FilipinoTrivia

 

 

 

 

 

(初出まにら新聞2023年12月16日号掲載)

 

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