みなさんこんにちは! Kumusta kayo? フィリピンと関わる日本人が驚くことの一つにロボットアニメ「超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)」の人気の高さがあります。「たとえ嵐が吹こうとも、たとえ大波荒れるとも…地球の夜明けはもう近い」と歌うボルテスVの主題歌の歌詞の意味はわからずとも、日本語でそらで歌えるフィリピン人は少なくありません。
このアニメがフィリピンで初めて放映されたのは1978年、マルコス政権による戒厳令下です。当時「マジンガーZ」や「闘将ダイモス」等の日本のロボットアニメが日替わりで放映され、中でも一番人気があったのはボルテスVでした。5人のパイロットが一致団結し、地球を侵略しようとするボアザン星人と闘うというストーリーに、当時の子供達は自分自身を重ねながら見ていたのでしょう。ところが、あと残り4エピソードというところで、いきなり放送が打ち切られます。「暴力的で子供たちの教育に良くない」と、マルコス大統領が放送中止を決定したのだとか。しかし「きっと団結して権力に抵抗するというテーマに、大統領が危機感を持ったのに違いない」と人々は噂しました。ボルテスVの最終回を見そこなった当時の子供達は、不条理さと悔しさをかみしめながら育ち、8年後のエドサ革命の中心的枠割を担う世代となります。エドサ革命世代にとっては、ボルテスVは自由の象徴であり、特別な意味を持つものとなったのです。
エドサ革命による政権交代の後、ボルテスVが再度放映されますが、1986年から1999年の間、5つのテレビ局が英語版やフィリピン語版を放映して高視聴率を記録、1999年の放映はその後のアニメブームの火付け役になったと言われています。エドサ革命世代から、その子供にあたるミレニアル世代までボルテスVを知っているのはこのためです。
意外? なボルテスVファン
ところが今年の11月になって、またボルテスVが話題入りしてきました。その理由は、新たにフィリピン国家警察(PNP)の長官として任命されたデボルド・シーナス氏(55歳)がボルテスVの大ファンだからです。
このシーナス氏、今年の5月のロックダウンで集会禁止の時期に開かれた自分の誕生会で、部下と会食したり密になって写真を撮ったりしたことが話題になりました。国民は「庶民は厳しく取り締まるのに、警察は密になってパーティーをしている」と批判しましたが、PNPは「あれは誕生パーティーではなく、『マニャニータ(mañanita)』だから」と発表しました。「マニャニータ」とは、フィリピンの警察や軍の人々が、上司の誕生日に集まり、皆で食事をしたり花束を渡したりして祝う習慣だそうです。元はメキシコの習慣で、「未明」や「夜明け時」という意味だとか。夜中からパーティーやお祭りをして、未明になって祝われる人を起こしたり、早朝からパーティーをしたりすることから「マニャニータ(夜明け時)」と呼ばれるようになったのです。
長官に就任したシーナス氏は、「もう6カ月も前のマニャニータのことは忘れましょう」と発言、警察官らの運動不足解消とメタボ対策のため、お気に入りのボルテスVのテーマ曲に合わせ、座ったまま体操を行う動画も公開してボルテスV好きを披露しています。しかしこれは、必ずしも皆に好ましく受け取られているわけではありません。ネット上では「ボルテスVの意味を知っているのか」「我々の子供時代が蹂躙されているようだ」と批判の声も上がっています。
2020年はパンデミックや台風による甚大な被害など暗いニュースの多い年でした。ボルテスVの主題歌では「地球の夜明けはもう近い」と歌われていますが、嵐吹き、大波荒れたフィリピンの「夜明けはもう近い」のでしょうか。それともその夜明け(マニャニータ)は特権階級だけに許されるものなのでしょうか。2021年は明るいニュースが多くなることを心から願いたいものです。
文:デセンブラーナ悦子
日英・タガログ語通訳。大阪外大フィリピン語学科卒。在学中にフィリピン大学に交換留学。フィリピン人の夫と1992年に結婚、以後マニラに暮らす。趣味はダンスだが、最近は時間が取れないのが悩み。