みなさん、こんにちは。Kumusta kayo? 皆さんはフィリピンのショッピングモールや店舗などで「グッドアフタヌーン、マムサー!」と挨拶された経験はありませんか?

 

 

  “mamsir/mamser”(マムサー)は英語のMa’am (Madamの省略形)とSirをくっつけたフィリピン特有の造語です。フィリピン語ではiとeは本来1つの音だったことから頻繁に入れ替わる傾向があり、sir はserとつづられることもあります。

 

 

 

「マムサー」の始まりは?

 

 

 この「マムサー」はここ10年ほどの間に頻繁に耳にするようになった言葉で、最初に呼びかけられた時は、筆者も自分の見た目が女性か男性かわからないのでそう呼ばれたのかと思ったものです。しかし性別を問わず、誰に対しても使っているようなのです。いったい誰が使い始めたのかはわかりませんが、以前からデパートやハードウェアの店などで実演販売の販売員が商品の使い方を説明しながら「今日はこの商品をご紹介しますよ、マム、サー」などと通行人に呼びかけていたのをよく見ました。このようにだんだん1つの言葉として定着してきたのではないかと思われます。

 

 

 

尊敬表現のpo

 

 

 国語としての「フィリピン語」の元になったタガログ語では “po”を付けることで尊敬を表現することができ、 “Salamat po!” (ありがとうございます)などのフィリピン語の文章や、 “Good morning po!” のように英語に付けて使われることもあります。po1つで、老若男女問わず、誰に対しても尊敬表現として使えるのでとても便利です。

 

 

 ところが “po” の代わりに “Ma’am” や “Sir” を使おうとすると、急に性別を区別しなければならないため、男女を間違って使ってしまう人が少なくないようです。このため一般の店員にも、この「マムサー」が便利な言葉として浸透していったのかもしれません。

 

 

ジェンダーニュートラル

 

 

 タガログ語は元々性別によって言葉遣いが変わることはありません。ヨーロッパ言語のように男性名詞・女性名詞の区別がないだけでなく、日本語やタイ語のように性別によって使う語彙や語尾が変わることもありません。また 代名詞も“siya”だけで「彼」も「彼女」も表すことができ、言葉においては比較的ジェンダーニュートラル、つまり性別により使い分けず包括的に使うことのできる言語だと考えられます。比較的英語が得意なフィリピン人でもheやsheを間違うことが時々あるのは、このような母語による干渉のためだとも言えます。

 

 

SOGIE 法案

 

 

 「マムサー」が広まったもう1つの理由には、人は見た目で男性か女性かを判断できるものではない、あるいは判断すべきではないという考え方があるように思います。フィリピンでは今年の5月に性的マイノリティの人々を差別から守るための “SOGIE Equality Bill”(SOGIE法案「性的志向・性自認・性表現平等法案」)が下院を通過しました。

 

 

 フィリピンではキリスト教会による批判や、マチスモ(男性優位主義)も厳然として存在するものの、性的マイノリティに対する受容度は比較的高く、カミングアウトしている人も少なくありません。見かけによって「マム」と「サー」を区別しても、それは顧客本人の希望する呼び方ではない可能性もあるため、店員たちもあえてジェンダーニュートラルな呼び方として「マムサー」を採用してきたのではないかとも考えられます。そういう意味では「マムサー」は現代のフィリピン社会を象徴する1つのキーワードと言うことができるでしょう。

 

 

 

 

 

 

文:デセンブラーナ悦子 日英・タガログ語通訳。大阪外大フィリピン語学科卒。在学中にフィリピン大学に交換留学。フィリピン人男性と1992年に結婚後マニラ在住。

Twitter:フィリピン語ミニ講座@FilipinoTrivia