アジア人として「古楽」を広めたい。フルート奏者 柴田俊幸氏インタビュー

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2024年3月8日

クラシック音楽といえば、ドイツやオーストリアなどヨーロッパ諸国が思い浮かぶ。ではアジア、フィリピンとクラシック音楽の組み合わせはどうだろうか。歴史的にカトリックと深い関係を持つクラシック音楽は、実はフィリピンでも身近であり、先月末には首都圏ラスピニャス市で「第49回国際バンブーオルガン音楽祭」が開かれた。この音楽祭に奏者・講師として参加するため初来比したベルギー在住の日本人フルート、フラウト・トラベルソ奏者の柴田俊幸さんに、フィリピンでのクラシック音楽演奏について聞いた。(取材・文:荒田玲音)

 

柴田 俊幸 Shibata Toshiyuki フルート、フラウト・トラベルソ奏者。ブリュッセル・フィルハーモニック、ラ・プティット・バンド、その他ヨーロッパの古楽アンサンブルなどに参加。2020年のコロナ禍中に『デリバリー古楽』をプロデュースし、日本の音楽文化への貢献が評価され 「四十雀賞」を受賞。2022年には鍵盤の鬼才アンソニー・ロマニウクと『J.S.バッハ:フルートソナタ集』(Fuga Libera)をリリースし、レコード芸術の特選盤、レコード“裏”アカデミー賞に選出された。これまで「テューリンゲン・バッハ週間」「バッハ・アカデミー・ブルージュ音楽祭」「東京・春・音楽祭2022」などの国際的な音楽祭にてリサイタルを演奏。2017年より「たかまつ国際古楽祭」の芸術監督を務める。  大阪大学外国語学部中退。米国ニューヨーク州立大学音楽学部卒業。奨学金を得て、豪州シドニー大学大学院音楽学部研究生、ベルギー政府より奨学金を得てアントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。2018年までアントワープ王立音楽院図書館・フランダース音楽研究所の研究員として勤務。現在、フランス・パリ郊外のオーベルヴィリエ・ ラ・クールヌーヴ音楽院にて音楽研究資格を取得中。香川県高松市出身。趣味は讃岐うどん作り。

 

 

 

国際バンブーオルガン音楽祭:世界最古といわれる竹製のオルガン、バンブーオルガンを誇る首都圏ラスピニャス教会で毎年開催される音楽祭。オルガンはもちろんのこと、バイオリンやフルート、合唱などのアンサンブルコンサートが連夜行われる。今年は2月18日~3月3日に行われ、バンブーオルガン200年記念を祝った。

 

 

 

クラシック音楽が広がる土壌がフィリピンにはある

 

 

 

―今回のバンブーオルガン音楽祭参加のきっかけは?

 

 

 ベルギーで定期的に演奏をしていた古楽器のオーケストラから「フィリピンにバッハを演奏と指導しに行くから来ない?」と連絡があったことがきっかけです。バンブーオルガンを使ってバッハの大曲に挑むということで、とても楽しみにしてきました。

 

 

 パイプオルガンがある教会はヨーロッパには多いので、金属製のパイプオルガンと演奏したことは何度もあります。しかしここまで大きな竹製のオルガンは世界中探してもここだけで、共演はもちろん初めてです。パイプオルガンというのは教会と一体化していて、教会の建物も含めて楽器と考えられます。そのため、ラスピニャス教会は天井などにも竹が使われていて、他の教会と比べて音響が少しドライなのが特徴です。ヨーロッパのパイプオルガンがある教会と比べて、音響の長さは短くなるので、音がよりダイレクトに伝わってくるのかなと思っていましたが、竹製の特徴なのか、まろやかな響きを感じました。実際の音を聞いてみないとわからないとても魅力的な響きだと思います。

 

 

ラスピニャス教会で行われたリハーサルの様子。写真右上に見えるのがバンブーオルガン。

 

 今回の音楽祭は、バッハの傑作「ヨハネ受難曲」の原語(ドイツ語)がフィリピン初演という歴史的瞬間でもあります。「ヨハネ受難曲」はカトリック教徒にとってとても大事な曲で、これをどうしてもドイツ語で、ヨーロッパのスタイルでやりたいとのことで、私を含めて6人がヨーロッパから呼ばれました。このような機会に関われたことが心からうれしいです。バッハの時代の音楽を専門的に勉強して来ましたし、近年はバッハの演奏を頼まれることが多いです。3大バッハ音楽祭のテューリンゲン・バッハ週間にもソリストとして参加しました。バッハは自分の代名詞ともいえるほど、衝撃を受けた大好きな作曲家です。

 

 

―フィリピンの印象は?

 

 

 フィリピンには立ち寄ったこともなく、事前情報ゼロで乗り込みました。ヨーロッパが結構寒かったので、鼻風邪をひいていましたが、到着後、温暖な気候と湿度で全て治りました。

 

 

 第一印象としては、人々がとってもやさしいように感じます。何よりも音楽祭事務局の皆さんのやさしさがすばらしいです。毎日笑顔で挨拶してくれて、フィリピンのことやバンブーオルガンのことについて話してくれたり、モンゴ豆のスープを3時のおやつにもらったり、異文化交流を心から楽しんでいます。

 

 

 フィリピン人のように、初めて会った人にここまでフランクに接することができて、コミュニケーションができるアジア人ってなかなかいないのではないでしょうか? 「あなたがいてくれてうれしいから、フィリピンを次の母国にしていいんだよ」と毎日言われると、なんだか本当にそのまま移住してみたくなります。ただ、暑い(笑)。暑がりな僕にとって、長期滞在は少し厳しい国かもしれません。

 

 

 また、フィリピンの演奏家の人たちからは、なんだか1980~90年代の日本の音楽界のような雰囲気を感じます。今回の音楽祭のように海外から講師が来て教わる機会などを歓迎し、新しいものに触れてどんどん吸収したいという気持ちが伝わってきます。今回の音楽祭に参加しているのが若い人が多いからというのもあるかもしれませんが、やる気に溢れていて、質問もとても多いです。

 

 

 

―フィリピンにおけるクラシック音楽の将来についてどう思うか?

 

 

 今回オーケストラで出会った音楽家たちはみんなとってもすばらしいレベルでした。お世辞抜きにすばらしかったです。クラシック音楽、特に古楽はキリスト教のために書かれた音楽も多いので、キリスト教徒が大多数を占めるフィリピンでは、これからもクラシック音楽が広がっていく土壌があると思っています。

 

 

 作曲家が当時聞いていた音楽を当時の楽器と演奏法で再現する、少し通な楽しみ方ができる古楽。今回の演奏会が、これからフィリピンで古楽が広がるきっかけになってくれればいいなと思っています。アジア人であるからこそ、西洋の音楽であるバッハを理解するのは容易なことではありません。それをどこまで自分の知識で補い、西洋の人たちと同じぐらい深い演奏ができるかというところが大事だと、今回のマスタークラスではフィリピンの人たちに伝えました。とてもキリスト教文化に浸っているとはいえない日本人の私がヨーロッパで古楽に出会い、古楽を学び、古楽を普及したいとアジアに戻ってきています。そういうフィリピン人がいつか出てきてもおかしくないのではないでしょうか。

 

音楽祭の一環で行われたマスタークラスで講義する柴田さん

 

 

フレッシュでいることを心がけ 海外で活動し続けたい

 

 

―音楽の道へ進んだ理由は?

 

 

 小学生の頃、押入れの中に母が昔挑戦してみたけど金属アレルギーでやめたフルートが眠っていたので、吹いてみたら音が簡単に出た、というのが始まりです。本当に簡単に音が出たのだけは覚えています。小・中学校と野球とバスケットボールに熱中するスポーツ少年でしたが、高校のときにベートーベンの第九を演奏する高校のイベントで指揮者に選ばれ、音楽に目覚めました。。

 

 

 高校卒業後は大阪大学の外国語学部英語専攻に進みました。当時は音楽で生活できるとは思っていなかったので、音楽の道に本格的に進むことは考えていませんでした。しかし、大学の授業が思った以上につまらなかったのと、何より音楽が好きで仕方なかったのです。そして、情熱だけで海外留学を決めました。ただ、きっかけの一つとして、『音楽と社会』(エドワード・W・サイード、ダニエル・バレンボイム共著) という英語で書かれた本を当時の大阪大学の講師の方に渡されました。パレスチナとイスラエルのことについてもたくさん書いてある本でした。音楽が社会にどう関わるべき、どう存在すべきかを深く考えるきっかけになった本で、今思えば、現在の自分の活動の在り方を決めた1冊だったような気がします。しばらく読み返せていないので、また読もうと思います。次は日本語で。

 

 

 私はクラシック音楽の世界では珍しく、小さいころから音楽漬けだったわけではありませんでした。もっと近道はあったのではないかと思うこともありますが、一方で、だからこそ音楽を普段聞かない人たちをどう惹きつけるかを考える上で音楽以外の経験が役にも立っていると思います。

 

 

―フルート、フラウト・トラべルソの魅力とは?

 

 フルートは息を吹き込んで音を出すので、自分自身で音色を作ることができます。同じ楽器を吹いても人が違えば音色が全く違う。あと他の木管楽器と違いリード(音を出すための薄い板)を作ったり買ったりしなくていいので、結果的にコスパもいいのかもしれません。

 

 フラウト・トラベルソはフルートの祖先と言える楽器です。特にバッハが生きていた頃はフラウト・トラベルソの全盛期ともいえ、たくさんの名曲が残されました。木の温もりだけでなく、哀愁たっぷりな音色で人々を夢中にさせてくれます。当時、どのような音が鳴っていたのか、過去と現在をつないでくれる魔法の笛だと思います。

 

 

リハーサルでフラウト・トラベルソを演奏する柴田さん

 

 

―今後の活動の予定は?

 

 3月はヨーロッパでは受難節です。色々な場所でバッハの受難曲が演奏されますが、今年はフィリピンで共演する合唱団の一部がベルギーにも来てくれて、同じ曲をベルギーの城で演奏します。フィリピンの仲間たちとの再会を楽しみにしています。

 

 4月末から5月上旬には日本にソロのツアーとCD録音も予定していまして、演奏会の模様はNHK-FMラジオにて収録される予定です。9月末には「第7回たかまつ国際古楽祭」開催のため故郷に戻りますし、11月初旬にも4つほどコンサートを頼まれているので、今年はすでにあと3回も日本に行くことが決まっています。

 

 

 今回の音楽祭でフィリピンにも多くの友達ができました。音楽祭が終わる前から「また来てほしい」と言われているので、きっとフィリピンに戻ってくることでしょう。また、フラウト・トラベルソを非常に気に入ってくれたフルート奏者の人は「ぜひ始めたい!」といって、スペアで持ってきていた楽器を購入したいと言い始めまして……。フィリピンにはフラウト・トラベルソは1本もないとのことだったので、そのスペアを売ることに。ついにフィリピンにもフラウト・トラベルソ奏者が誕生しました(笑)心からうれしいです。

 

 

 また、常に自分自身がフレッシュでいることを心がけていて、同じ場所に居続けないようにしています。ベルギー在住ですが、現在は週3日をフランスのパリ郊外で過ごしています。海外にいるからこそ見える日本もあると思うので、日本で活動は続けていても、海外で活動する音楽家として日本に時々戻るという生活を続けていこうと思っています。

 

 

 

(初出まにら新聞2024年3月2日号)

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