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マニラ市のふたつのビーチ

2020年12月7日

 

 マニラ湾で造成工事が進むホワイトサンドビーチは、通称マニラベイ・サンズ(MANILA BAY SANDS)というらしい。シンガポールのカジノがある統合型リゾート、マリーナベイ・サンズ(MARINA BAY SANDS)と名前が似ている。マニラベイ・サンズはビーチを意味するのに対し、シンガポールの方はラスベガス・サンズという会社名にちなむ。だが、マニラの方が後発なので、真似をしたと疑われたら分が悪い。正式なオープンに合わせて、マニラ市民から名称を公募してはどうだろうか。

 

「みんなの“マニラベイ・サンズ ”」と書いてある。これが正式名?

工事が進むマニラベイ・サンズ。思ったほど白くないような・・・・・・(11月27日撮影)

 

 

 マニラベイ・サンズが完成したら、フィリピン国内はもとより、海外からの観光客でもにぎわうだろう。北海道釧路、バリ島と並んで世界3大夕日に数えられるマニラ湾のサンセットにホワイトサンドビーチ。これは立派な観光スポットになる。

 

 その一方、マニラ湾には観光客とは無縁な、おそらく地域住民にだけ愛されているディープ(水深があるという意味ではなく)なビーチがある。それが、マニラ市港湾地区バセコ(BASECO)のビーチ。地元の人のみが知る隠れ家的なビーチで、マニラとは思えない手つかずの自然が残る・・・・・・といった風情のところではない。長年ごみの集積場だった場所である。昨年ごみが撤去されて砂浜が姿を見せ、ビーチとなったのだ。

地元の人たちでにぎわうバセコのビーチ。

 

 昔のごみ集積場時代の様子を知る同僚によれば、ごみが幾層にも重なって、砂浜など全く見えなかったそうである。今のバセコのビーチはごみ一つない美しさとはいえないが、当時に比べたら、雲泥の差、月とスッポンなのだろう。

 

道の真ん中を歩けない住宅地

 

 バセコのビーチには海に入って元気に遊ぶ子どもがいて、砂浜でのんびりくつろぐ人たちがいる。れっきとしたビーチだが、長い間ごみの集積場だったことを思えば、海水に体を浸けても大丈夫なんだろうかと心配になる。ビーチにいて臭いは特に気にならなかったが、「水質を検査したら、恐らくすごいレベルの大腸菌とか検出されるでしょうね」と同僚がつぶやく。

 

 海岸すぐそばの水路には、なんと鮮やかなヒスイ色のカワセミのような鳥がいた。カワセミがいるのだから、水質の浄化は確実に進んでいると信じたいが。

 

 バセコの歴史を調べると、もともとナショナル・シップヤード&スチール社の造船所があり、1960年代のマルコス政権時代、イメルダ夫人の親類へBATAAN SHIPPING&ENGINEERING COMPANYを通じて売却されたという。バセコという地名はその社名の略称だ。

 

 マニラ市バセコ地区は、2016年のドゥテルテ政権発足後、麻薬戦争で多くの超法規的殺人があった場所であり、住民が貧困のため臓器売買をしていたことでも知られる。民家が密集し、道は舗装されておらず、ところどころに水たまりができている。晴れの日でもぬかるんでいて、道の真ん中を歩くことができない。大雨が降ったら、どれほど悲惨な状況になるのだろうか。先月の台風ユリシーズの時は大丈夫だったのだろうか。
 ホワイトサンドビーチもいいけれど、バセコの住民のために、道路の舗装もお願いしたい。(K)

 

バセコ地区の住宅地。道は舗装されていない。1990年代初めにミンダナオ地方の紛争から逃れて移住してきたイスラム教徒の住民が多く、モスクがある。

  

 

 

(初出ナビマニラウェブ11月4日掲載を再編集)