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マニラ・アート徒然 #1 アートがある場所

2020年8月17日

 

 

アートがある場所

 

私はマニラを拠点に美術をやっている。人に名乗る時にはわかりやすく「アーティスト」と名乗っている。

画家というのも少し違い、ここ数年は紙や接着剤などの素材を組み合わせて「絵」にあたる壁に飾る作品を制作したり、アクリル板を使ったオブジェなども作っている。オブジェは、「スカルプチャー」(彫刻)にあたるのだと思う。大規模な場所では、「インスタレーション」(空間全体を作品として体験させる芸術)も制作する。音楽家と協働して、音楽に合わせてライブで絵を描いていく「ライブペイント」も行っている。このように様々な方法で表現し、主にマニラで作品を発表している。

この連載では私が関わる出来事から拡げて、マニラのアートシーンについての情報や雑感、自分の制作について、アーティストをやる中で経験した小話など、ごく軟らかいフィリピンのアート周りの話を紹介していきたい。全ては私の経験値ベースなので少し偏った見方もあると思うが、一日本人のフィリピンの一つの切り取り方として読んでもらえると嬉しい。

 

2019.11月〜2020.2月 Cultural Center of the Philippines 1階ロビー Mervy Puebloとの二人展『Transcendental』

 

2020年3月 Art Informal Galleryでの個展『Do you hear it?』

2019年8月 マカティ市のTIU Theaterでのライブペイントの公演

 

 

8月4日にマニラ首都圏はGCQ(一般的なコミュニティ隔離措置)からまたMECQ(修正を加えた、強化されたコミュニティ隔離措置)に戻ってしまった。8月2日の深夜に急遽発表され、1.5日後の8月4日から始まった。
所謂『ロックダウン』が終わりGCQになった6月頃から、いくつかのアートギャラリーがやっとオープンし始めたが、MECQになってまた一時休業してしまうギャラリーも多くみられた。
見に行きたい展示がいくつかあったが、タクシーもまた止まってしまった世界では、開いているギャラリーはあっても足がない。
8月3日の後悔は、もう一度美容室に行っておけばよかった、とギャラリーを見て回っておけばよかった、だ。

私が参加予定だったグループ展も、2週間開始が延期されることになった。だがもしMECQが延長になったら、また展示は延期されるのか、はたまた中止になってしまうのか。今年の3月以降先はいつも見えない。
もんやりとした気持ちの中、とりあえず展示が中止になったわけではないので仕上げにかからなければいけない。<この文章は8月7日に書いたものです>

 

 

【補足】フィリピンのコロナ対策であるロックダウンは、ECQ(Enhanced Community Quarantine: 強化されたコミュニティ隔離措置)から始まり、MECQ(Modified Enhanced Community Quarantine: 修正を加えた、強化されたコミュニティ隔離措置)、そしてGCQ(General Community Quarantine:一般的なコミュニティ隔離措置)、最後にMGCQ(Modified General Community Quarantine: 修正を加えた、一般的なコミュニティ隔離措置) という順番で緩和されていき、MGCQまで終わるとニューノーマルになるとされている。マニラ首都圏は6月からGCQになり、公共交通機関・タクシーが再開、レストランの店内飲食や美容室・床屋が再開可能となった。自治体レベルでは、それまで午前5時ー午後8時までの外出制限も午後10時までになるなど緩和された。ただしアルコール禁止は自治体レベルで続いている。オンラインでしかオープンできなかったギャラリーもGCQ後からオープンし始めた。ただし美術館はGCQでもオープンできないとされている。

感染拡大のために政府は8月4日からマニラ首都圏を再度MECQに戻したため、再び交通機関も止まり、店内飲食不可、美容室も再度クローズした。8月19日より、マニラ首都圏はGCQに戻ると政府は17日深夜に発表した。ちなみに8月時点ではフィリピン全土でまだニューノーマルになっている地域はない。どこまでを『ロックダウン』と呼ぶかは議論があるが、MECQまでとしても、約3ヶ月のロックダウンは世界最長と言われた。

最近の制作風景

 

 

マニラのアートシーン雑感

 

ギャラリーで行われるグループ展に参加する、ということから、少しマニラのアートシーンについて考えて見る。
一口にアートシーンといっても、アートの世界は複雑でいろいろな要素が絡み合っている。アートが生まれる場所は様々だし、生まれたアートがどう見える形になっていくかも様々だ。一般的に一番理解しやすいのはギャラリーを中心にしたアートマーケット(美術市場)だろう。アート作品を発表し、かつ売り買いする場所だ。
しかしアートの世界=アートマーケットというわけではない。
美術館もあれば、アーティストが中心となって実験的なプロジェクトを行う場所をつくり、そこで活動するアーティストたちもいる。そのような場所はオルタナティブ・スペース/アーティスト・ラン・スペースと呼ばれる。ある地域で地元の文化を守り発展させるために、現代アーティストやキュレーターが新しい解釈を発表したり、一般の人を巻き込んでプロジェクトを行うこともある。こういった動きは地域の文化を守り、住人が自分たちの持つ文化の価値を再認識する動きにつながる。
政治に対する反発や自分たちの生活をよりよくするためにアートという手法をとり、ストリートから独自に活動を拡げるアーティストたちもいる。(*平野真弓さん『喧騒のストリートへーマニラの街に広がるムーブメント』参照:https://artscape.jp/focus/10128835_1635.html
政治的な動きでは、反テロ法に対する仮装デモや、大統領の施政方針演説時に大統領をコロナウイルスに見立てた絵などを掲げたアーティストたちは記憶に新しい。

それ以外にも、名前や解釈がつかない状態で、何かの目的のためにアートを実践し小さな渦を巻き起こすような取り組みは実はたくさんある。共有し、文化的な思考や体験を拡げるために、様々なことが起こっている。一度その世界にアクセスし始めるとアートの世界の奥深さが見えてくる。

 


芸術家グループ「ウガットラヒ・アーティスト・コレクティブ」が制作したウイルスに模したドゥテルテ大統領の絵

首都圏ケソン市のフィリピン大学で岡田薫記者撮影(2020年7月28日のまにら新聞より)

 

はたまた世界にはアーティスト・イン・レジデンスというアーティストが滞在制作をするプログラムがある。自国内で活動するよりも、世界中のアーティスト・イン・レジデンスに常に応募し続け、世界を旅するように活動するアーティストもいる。
そして、それのどれにも複合的に関わることが、現代のアーティストの一つのロールモデルのようにも見える。
・・・ここまでの話でアートの世界のキリのなさを感じたかもしれない。

しかし、どこでどのように活動しようとも、アーティストは作品を生むということは変わらない。そして多くのアーティストは、自分の求めるもの、探求していることを探求するために、結果として複合的に様々な場に関わっているというのが正しい。

アートマーケットに話を戻すと、ギャラリーを中心とした市場はアーティストが収益を得られる手段として機能する。場所という枠を超えて広範囲に活動をするアーティストたちでも、お金を得る手段としてギャラリーで作品も売っている、というのもよくあることだ。

 

 

ギャラリーが牽引するアートシーン

 

今現在私はアートギャラリーと仕事をすることが多い。
マニラには現在かなりの数のギャラリーが存在する。ギャラリーが増え始め、フィリピンでギャラリーがアートシーンを牽引し始めたのはここ15年くらいだと聞く。

一般的なギャラリーの展示の会期は2週間から4週間だ。大きなギャラリーは3つくらいの部屋に分かれており、毎月異なる作家の個展を同時に開催するなどしている。

コロナ禍になる前は、毎週どこかでオープニングレセプションが開かれていた。ギャラリーはそれぞれコレクターを抱えており、彼らに次の展示や作家を提案するために、つまり作品を売るために、オープニングレセプションは大事な社交場だ。
マカティのチノ・ロセス通り沿いには私が認識するだけで12軒ほどギャラリーがある。オープニングレセプションは土曜日が多いため、毎月どこかの土曜日はギャラリーのオープニングが重なり、コレクターだけではなく、マニラのアーティストたちはオープニングホッピングをして飲み歩く。(オープニングレセプションはビールやフィンガーフードが無料で振る舞われる)オープニングレセプションは制作に孤独になりがちなアーティストたちの、SNS以外の大事な交流の場所でもある。


オープニングの様子(2019年12月マカティのUnderground Gallery):著者撮影

 

 

私自身ギャラリーと仕事をしている反面、商業ギャラリーが牽引するアートシーンというのは批判もあることは承知している。
今マニラでアーティストになろうとする若者は、だいたいまずはどこかのギャラリーで個展を開くことを目標にしているように感じる。

ギャラリーは作品を売るところといっても、もちろんそれだけではない。新しいアート、新しい試みを世間に発表する重要な場であることも間違いない。ただ、商業的な思考が強すぎてしまうと、アーティストたちはギャラリーで個展を開き、売れることを目標にしてしまう。勘違いしてはいけないのは、売れる作品が良い・価値があるとは限らないということである。売れるというのは一つの指標にすぎない、ということを、商業ギャラリー界隈にずっといると忘れてしまいがちだ。ギャラリーというのはつくづく絶妙なバランスで成り立っているように感じる。

 

ギャラリーで売れるものはやはり絵画がほとんどである。そこに彫刻が少し。インスタレーションやビデオアートは、よっぽどではないと売れることはほとんどない。商業的思考に偏っていると、アーティストたちは売れるために絵画作品ばかり作るようになる。日本から来たアート関係の人が「マニラは絵画が多いイメージ」と話していて、その通りだと思った。

一方で、アートマーケットが成熟しているということはアーティストにとっては良いことでもある。なぜなら作品が売れるので、アーティストとしてだけ生きることが可能だからだ。それでも近年の中間層のアーティストたちは、かなりの売れっ子にならない限り、他の仕事もしながらではないと生活していくのはやはり大変だ。

 

アートマーケットが成熟しているというのは、買う人がいるということだ。私は日本の現状をそこまで知らないが、フィリピンのアートコレクターの層は厚いと感じている。予想される理由としては、富裕層人口が一定数いるという社会構造と、富裕層がアートにお金を費やすことに敷居がないこと(スペイン・アメリカ統治時代の影響もあるのだろうか)。「苦手」や「わからない」と言わず、アートを隔たりなく楽しむという感性を、富裕層に限らず持っていること。これはメイド職の方や、工場で働くワーカーの方、ドライバー職の方などと接して私が感じてきたことだ。そして、ここ数年は自分でビジネスを起こすなどした新興富裕層が増えており、自分で購入したコンドミニアムの部屋に絵画を飾るため、新しいコレクターも増えていると聞く。それに伴いギャラリーの売れ筋も超富裕層に人気の巨大な絵画から、コンドミにも飾りやすい小さめサイズにシフトしている、と2年ほど前にあるギャラリスト(ギャラリー経営者)が話していた。
コレクターやフィリピンの人々のアートの捉え方雑感については、また別の機会に書いていきたいと思う。

2020年2月、10ギャラリーによるアートフェアALT PH2020の様子。盛況で売上総額も相当だったとか。:著者撮影

 

話は大分戻るが、私が次回参加するグループ展はグリーンベルト5の3階にある商業ギャラリーである。

この時期なのでもちろんオープニングレセプションはない。それは残念だが、久しぶりに他のアーティストの作品を生で見ることもできるので、展示が始まるのが楽しみである。前述のように先がいつも見えないが、今はまず完成に向けてしくしくと制作に励むのみだ。

 


 

文:山形敦子 

美術家。2012年よりマニラ在住。主にフィリピンにて個展を開催するなど活動している。

近年の主な展示に、2020年個展『Do you hear it?』Art Informal Gallery(マカティ市)、2019年Mervy Puebloとの二人展『Transcendental』カルチュラルセンター・オブ・ザ・フィリピン(パサイ市)など。

フィリピン以外での展示は、2017と2019年に群馬県中之条町で行われる中之条ビエンナーレに参加。2017年は札幌市のJRタワーホテル日航札幌で個展を開催。その他シンガポールやマレーシアでグループ展に出展している。

またミュージシャンと協業し、ライブで絵を描くライブペインティングも行う。プロフィール写真は2019年11月にマカティ市TIU Theaterで開催したジャズとライブペイントの公演『Jazz En』での公演中の写真。

2020年現在は日刊まにら新聞にも所属。最近の趣味は料理を作って美味しそうな写真を撮ること。

ウェブサイト:https://atsukoyamagata.com/