『貧困の克服―アジア開発の鍵は何か』
アマルティア・セン 著
大石りら訳(集英社新書)

 

飢饉を生むのは社会構造

 

 貧困・飢餓研究で1998年にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの講演が4本収録される。セン理解の壁である述語論理は一行も出ず、言葉もわかりやすい。

 

 例えばセン理論のキー概念である「エンタイトルメント」の定義も「個人が支配できる一連の選択的な財の集合」という本来の説明を「食料その他の生活必需品の購買力、突然の権利の剥奪から己の身を守るなど個々の具体的能力」と大胆に換言される。

 

 その「エンタイトルメント」が剥奪される代表的な状況が飢饉だ。従来、飢饉は食糧の需要量が供給量を上回ったときに発生すると考えられていたが、実際は逆で1974年の洪水を機に発生したバングラデシュ飢饉では食糧総量は例年より高かった。センは総量でなく部分を見るアプローチで社会階層の一部に負担が集中する構造が飢饉の一因と解明する。

 

 さらにおもしろいのは「報道の自由が保証された民主主義国には飢饉が一度も発生していない」という指摘だ。飢饉を初期徴候で抑え込むには、単なる食糧支給でなく、雇用の創出策および労働が不可能な層への生活保障事業が必要だとしたうえで、民主主義国ではそうした施策を採るよう国民からの圧力が政府にかかるため飢饉が回避されると説明する。

 

 ほかにも従来説を覆す研究成果をセン自ら日常言語で説明しており、折に触れて読み返す価値のある1冊だ。

 

 

Beyond the Crisis: Development Strategies in Asia
Written by Amartya Sen, who is the first Asian winner of the Nobel Prize in Economic Sciences, the book explores the key factors to overcome poverty and famine with his unique perspective.

 

 

 

 

竹下 友章
Tomoaki Takeshita
まにら新聞記者。鹿児島県出身。鹿児島大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程在学中。愛読書:『スラムの経済学』中西徹著(東京大学出版会)。
「まにら新聞入社後の新人研修で『記者は教養が勝負』と言われたことが身にしみてきました」