【フィリピノ・ワールド】サンパギータ

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2021年5月10日

 

 みなさんこんにちは! Kumusta kayo?  フィリピンの国花はサンパギータです。白い花やつぼみを糸で繋(つな)いでレイのようにしたものを、街中で子供たちが売り歩いていたり、ジープやタクシーの運転手が買ってフロントガラスに飾ったりしているのを、皆さんも見たことがあるのではないでしょうか。

 

 

サンパギータの和名や名前の由来は?

 

 サンパギータの和名は茉莉花(マツリカ)。モクセイ科ソケイ属のジャスミンの一種です。甘い香りの主成分はリラックス効果のあるリナロールで、香水の原料にも使われますが、最も有名なのがジャスミン茶。300種以上もあるジャスミンのうち、茶葉に芳香を移すために使われるのは、このサンパギータの花です。英名はアラビアジャスミンですが、原産地はアラビアではありません。高温多湿な環境を好む熱帯アジアの原産で、人の手により中東に持ち込まれ、そこからヨーロッパに持ち込まれたためアラビアジャスミンという名になったようです。中東ではジャスミンから取られる精油が「サンバック」と呼ばれていたため、サンバック・ジャスミンとも呼ばれます。フィリピンでの名称「サンパギータ」はこの「サンバック」の名が定着したためという説もあります。

サンパギータのレイ(白い花がサンパギータ)。パンガシナン州リンガエンの教会周辺で1つ10ペソ。

 

サンパギータの伝説

 

 フィリピンにはサンパギータの名の由来を伝える伝説もあります。 ある村の族長の息子デルフィンと、対立する村の族長の娘ロシータが、二つの村の境界にある竹の柵の端で出会い、恋に落ちるのです。しかし、この竹の柵の作り替えをきっかけに二つのバランガイの間に争いが起きます。族長だったデルフィンの父親が戦死し、後を継いだデルフィンも負傷、デルフィンは、「自分が死んだら、柵の一番端に埋葬してくれ」と言い残し、亡くなってしまいます。打ちひしがれたロシータも病に伏し、「自分が死んだら、柵の端に埋葬して」と言い残して亡くなります。その後、二つの村の人々は毎年5月になると、不思議なことに気づきます。柵の端に生えた植物に白いかわいらしい花が咲き、そこから “Sumpa kita (スンパ・キタ)”(私はあなたへの愛を誓う)と言う声が聞こえるというのです。その柵の端に並んで埋葬された二人から生えたのがこの植物で「スンパ・キタ」が「サンパギータ」になったという伝説です。

 

 

国花を変更?

 

 サンパギータは、アメリカからのフィリピン総督であったフランク・マーフィーにより、「フィリピン人の純粋さ、無邪気さ、謙遜と強さ」を表すとして1934年に国花に指定されました。しかし近年、サンパギータはフィリピン原産でも固有種でもなく、植民地支配者が指定したものだから、ミンダナオに自生する蘭ワリン・ワリンに変更しようという意見が出ています。

 

 

 一度は国花を変更する法案が提出されましたが頓挫し、次はワリン・ワリンを2番目の国花として制定する案が上院で可決したものの、ノイノイ・アキノ前大統領が承認せず不成立。今度はワリン・ワリンを「国の蘭」として指定する法案が出され、昨年上院で議題になりました。ガチャリアン上院議員はワリン・ワリンの方がフィリピン人らしさを「より良く表す」が、国花を変更するには新たな法律を作る必要がある、と述べており、これに対しフィリピン国立博物館の館長は、サンパギータは既にフィリピンの文化的象徴であり、今さら変更するのは反対だとしています。

 

 サンパギータは古くから愛されてきた庶民の花でもあることから、今後も意見が分かれそうです。しかし国花であろうとなかろうと、きっとこれからもサンパギータが皆に愛されていくことに変わりはないでしょう。

 

 

 

文:デセンブラーナ悦子
日英・タガログ語通訳。大阪外大フィリピン語学科卒。在学中にフィリピン大学に交換留学。フィリピン人の夫と1992年に結婚、以後マニラに暮らす。趣味はダンスだが、最近は時間が取れないのが悩み。