サリサリストアのエトセトラ

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2022年4月28日

 

 

 フィリピンで生活していると一度は、家の格子状の窓枠からタバコ、菓子、ソフトドリンクなどを販売している店を目にしたことがあるのではないでしょうか。この店は「サリサリストア」と呼ばれています。「サリサリ」はフィリピンの言葉で「いろいろ」の意味。「ストア」はもちろん英語で「店」。日本の万屋(よろずや)に当たるという人もいます。

 

 その歴史は古く、中国の南宋時代(1127―1279)にさかのぼるとか。比中貿易が始まった当時、貿易の拠点になる交易施設が各地で建設され始めます。その影響で、もともと行商や市場販売の形をとっていた日用品・農産品の店舗販売が始まったといいます。

 

 

格子状の窓口がサリサリストアの目印? この格子に洗濯ばさみやフックで商品を吊り下げている。(首都圏ケソン市)

 

 

ティギ、タカル、ウータン

 

 

 約900年の歴史があるわりに、名称はタグリッシュなのかと思いますが、一応タガログ語の「tindahang bayan」という言い方もあります。Tindahanは「お店」、bayanは「町」や「家」という意味がありますから、町の店/家の店くらいの意味でしょうか。

 

 サリサリストアの特徴は、ティギ(tingi)、タカル(takal)、ウータン(utang)という独自の販売方法です。

 

 ティギとはバラ売りのことで、例えばタバコは1本、アメは1粒から売っています。現代ではメーカー側がサリサリストアでの販売を見越して、粉末コーヒーにしろ、シャンプーにしろ、ハミガキにしろ、1ダースから半ダースのサシェ(小袋)で販売し、それをスーパーマーケットなどから買い入れたサリサリストア店主が1サシェごとに売るという形が一般的です。

 

 タカルは量り売りのことです。クッキングオイルや砂糖、塩などを小さなビニール袋に分けて販売しています。

 

 販売単位を小さくする分、商品1点当たりの見かけ上の価格は安くなるのですが、スーパーマーケットやグローサリーストアで買った商品に価格を上乗せして売っているので、実は割高です。

 

 一方、ウータンというのは掛売りのこと。サリサリストアは近所の店なので、手持ちのお金のない人でもコミュニティーの信頼関係に根ざした信用販売が可能なんですね。思うように商品を買えない貧困層の生活を、コミュニティーの機能が補っている…という美しい話でまとめた論文もあります。

 

 ですが、実際マニラの下町のサリサリストア店主に聞いてみると「昔はウータンやってたけど、返してくれず赤字になったのでやめた」みたいな話はザラにありました。ひどいところでは「昔サリサリストアをやっていたがウータンが返ってこないので店を畳んだ」といって、自宅の入り口にあるサリサリストアの名残りを見せてくれた路上タバコ売りのおばあさんもいました。現実はきれいごとだけではないようで。

 

 

こちらは格子がないサリサリストア。(首都圏ケソン市)

 

 

 

売っちゃダメ、絶対!!

 

 

 さて日用消費財を中心にいろいろなものを売っているのがウリのサリサリストア。時々変わったものを販売してニュースのネタになる時があります。

 

 例えば、2012年5月にはブラカン州サンホセデルモンテ市のサリサリストア「ヤンボットストア」が覚せい剤を販売していたとして検挙されたというニュースがありました。ケソン市在住の知り合いから聞いた話でも、ドゥテルテ政権発足後、全国で麻薬戦争が始まった時は毎週のようにバランガイ(最小行政区)で警察に「処刑」された人の葬式があり、サリサリストアの店主が警察に射殺された時は、「あの店のオヤジも売ってたのか…」と察したとか。

 

 最近だと、ワクチン未接種者の公共交通機関利用制限(ノーワクチン、ノーライド)が実施されたとき、偽のワクチン接種証明の製作・販売をしていたとか、はたまた、コロナ禍の感冒薬品不足の中で未承認カゼ薬の流通経路になっていたとか――そんな話も大衆紙を賑わせています。もちろん、こうしたアングラな方面で商売をしているストアは一部に過ぎないのでしょうが。

 

 

 

 

フィリピン経済をけん引!?

 

 

 ところで、フィリピン人の大学生にサリサリストアのイメージを聞いたら「専門知識のない人でも始められるビジネスで、フォーマル部門で就業できない人がやっている」との答えでした。サリサリストアを対象とした研究もだいたいそんな論調です。しかし、実際どのくらいもうかっているのか店主に聞いてみると、最低賃金月収(約1万3千ペソ)以上の利益を出している店舗も案外少なくなく、もうけのいい店は利益が平均世帯月収を超えていました。中には、大学職員を辞めてより稼ぎのいいサリサリに専念しているという例も。

 

 統計を見ると、サリサリストア店舗数は2000年代からスーパーマーケットより早いスピードで増えています。現代のサリサリストアは携帯電話のロードサービスやワンコインWiFiなどを取り入れ、今の消費者の需要にあったサービスを販売していますし、意外と高度経済成長下のフィリピンで成長部門だったりするのかも知れません。(竹下友章/まにら新聞記者)

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