フィリピンで大学講師 授業奮闘記

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2022年5月26日

 

 

 筆者は数年前、留学先に就職する形でフィリピンのとある国立大学で講師として働いていたことがある。そこでは日本の大学との違いに何度も面食らった。

 

 

いきなり教壇に

 

 

 筆者はもともと日本の大学院からフィリピンの大学への交換留学生だった。留学時代は特に単位を取る必要もなかったので、教員の詰め所で英語とフィリピン語を先生方に1対1で教えてもらったり、日本語の授業のアシスタントをしたりした。留学の終盤でもっとフィリピンに留まりたいという思いが強まり、面倒を見てくれていた先生に相談すると「いいよ」と快諾。手続きを一任し、日本に一時帰国した。

 

 しかしその後1カ月、2カ月と経ち、新学期開始前になってもなかなか返事が来ない。日本側の所属大学の先生を通じて催促の連絡を入れてもらったら、なんと「来週までに来い」との返事。

 

 急いでフィリピン行きの飛行機を予約し、約2カ月ぶりに懐かしのキャンパスに帰還した。先生方と再会すると「クラスはいくつか入れてあるから、明日から教えて」と学科長からのお達しが。どうもいろんな順序を飛ばしているような。

 

 

3時間授業の衝撃

 

 

 とりあえず入れてもらった科目は、留学生時代にアシスタントをしていた外国語(日本語)。第1回目の授業はオリエンテーションとして適当にお互い自己紹介をしたり、どんなことをやるかざっくり説明するなどして適当にごまかすしかなかった。

 

 

 学期開始後の初めの2週間は調整期間らしく、この間にもどんどん担当科目が増えていく。外国語はどこの学部でも必要なためあちらこちらの学部から声がかかり、他にもベーシック経済学やら異文化コミュニケーションやらの科目を任された。最終的には3つのキャンパスを行き来し、週9コマ受け持つことになった。シラバス(講義要項)の作成は授業がとっくに始まった頃に行った。

 

 さて問題は、授業時間が3時間あるということだ。最初は授業準備を可能な限り行い、3時間講義していたが、あまりにも授業準備の負担が重すぎる。3時間続く講義は学生も不慣れらしく、授業中に「スローダウン!」と哀願された。

 

 そこでほかの先生にどうやって3時間を消費しているのかと相談すると、どうも正味の講義は1時間くらいにして、中休みや学生の練習・発表に時間を使うらしい。なるほど、学生がいろいろ練習したり発表すれば、こちらがしゃべりっぱなしでいる必要はない。たしかに留学生時代に見た授業を思い出すとそんな感じだった。そのうえ結構雑談で時間を潰していたような……。この辺は日本と同じか。

 

 そこでまず、日本語の授業では1学期で教える内容を、コピュラ文(AはBです構文)から動詞の活用、それを用いた否定文・疑問文くらいの基礎に留めた。一方、各講義ではセンテンスパターンを1~2個だけ教え、それを使ってたくさん文例作り練習をするという戦略に切り替える。そうした方が定着には効果的だ。

 

 ほかの科目も同様に、授業中にクイズを設けるなどして、一方的に教えるのでなく学生に動いてもらうコツが分かってきた。経済学では、どうも学生が微分を習っていないらしく、英語で教えるのに苦慮した。しかし一度ざっくり理解してもらえた後は、簡単な微分を使った利益最大化の練習問題をたっぷり提供する。フィリピンの学生はかなりリアクションが強く、うまいこと双方向的な授業ができたときはこちらも楽しかった。

 

 

勤務先の大学にて。中央が筆者。

 

 

 

成績への異常なこだわり

 

 

 双方向授業のキモは点数だ。クイズを出し、それにチャレンジしたら1点、惜しかったら2点、正解したら3点というふうに設定し、答えるたび名簿に点数を書き入れていくという方式を試してみた。やってみる前は「こんな仕掛けは日本の学生だったら、皆しらけて通用しないだろうな」とダメ元のつもりで挑んだが、予想に反し効果てきめんだった。

 

 しかし、やはりというべきか優秀な学生ほど手を挙げる。なるべく1人の学生に偏らず多くの学生を当てるようにするのだが、そうしていると何度手を挙げても当てられない優秀な学生はしびれを切らして「チューズミー!」と絶叫し出す。なぜそこまで熱心になれるのか。ありがたいことだが、引いてしまうくらいだった。

 

 その理由は成績を付けてわかった。つたない授業にお付き合いして頂いた感謝を込めて、全員70点以上になるようかなり甘めに採点したつもりだったが、それでも成績発表後には怒りの成績不服申し立てがメッセンジャーに舞い込んだ。それだけ良い成績へのこだわりが強いのだ。

 

 その中には「自分はテストで友達と同じ回答をしたのに、点数が低いのはおかしい」などとほとんどカンニングを自白したものもあれば、「自分は大学教授の娘だから85点以上とらないといけない。バケーションに行っていたからあまり出席できなかったが、追加の課題を出してほしい」と自己都合を前面に押し出したものも。

 

 しかし一度決定した成績をどうすれば……とほかの先生に尋ねると、どうも成績は事後修正可能だとわかった。期間内に課題をこなせなかった学生の救済策らしい。それには学生サイドに書類を用意してもらう必要があるのだが、それを伝えると不服学生の4分の1くらいはパッタリ連絡をよこさなくなってしまう。

 

 諦めぬ学生を連れてアチコチの窓口をたらい回しされた果てに、やっと成績を修正できたとき、学期一番の達成感を覚えた。教えるより、煩雑な手続きの方が困難だったと思い知った。(竹下友章/まにら新聞記者)

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