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マニラ・アート徒然 #2 ジャパンサープラスとアーティスト

2020年8月26日

 

ジャパンサープラスで材料を仕入れるマニラのアーティストたち

 

 

フィリピンには、ジャパンサープラスという日本からきたもの何でも売ります屋、といった店がある。マカティ市にも少し、ケソン市やマニラ郊外などに多くあるイメージだ。日本のリサイクル品を扱ったお店なのだが、”昭和”な一軒家にあった物、全部丸ごと運んできたような品揃えが特徴だ。日本のリサイクルショップでは決して売っていない、売っていても絶対に売れないようなものが大量に置いてある。特に高価でもないだろう家庭風食器類から、大量の古い鍋蓋、20年くらい前に流行ったペットボトルのおまけのおもちゃ、実家を思い出す木製の食器棚や鏡台(ビックリマンシールなどが貼られているものなどもある)、大量の自転車チューブ、何かの部品、これまた大量の麻雀牌、古く汚れた雛人形、アイドルが印刷された手鏡、歩行具、分厚いファイルにはどこかの家の家計簿がそのまま入っていたり・・・。とにかく日本の”実家”丸ごと売っている、という印象の店だ。

 

ケソン市のジャパンサープラス「Shop Japan Surplus」のフェイスブックより

4年前にマカティシネマスクエア内に突如開店したジャパンサープラスの店内の様子。今はもうない。:著者撮影

 

オカ・ヴィラミエルのコレクション

 

このジャパンサープラス、フィリピン人にとても人気があるそうだが、フィリピン人アーティストたちもまた、自身の作品に使用すべくよく利用している印象がある。

以前、Oca Villamiel(オカ・ヴィラミエル)というフィリピン人の作家のアトリエを訪問したことがある。彼は白ひげを蓄えて痩せており、物腰柔らかでとても親切だが、時に禅宗の修行僧を連想する鋭く厳しい視線を持つ。オカの作品は鳥の羽を敷き詰めた大きな平面作品や、パヤタスのゴミ集積場で収集した人形の首を大量に用いたインスタレーションなど、時に背筋をゾクッとさせ、フィリピンの政治・社会的弱者・死というものについて考えさせられるような作品を制作している。2013年のシンガポールビエンナーレで観た、竹串に刺さった大量の人形の首の中を観客が歩くインスタレーション『Payatas』は、社会的メッセージに圧倒されると共に、正直どんなお化け屋敷よりも恐かった覚えがある。

(オカのシンガポールビエンナーレ2013の作品『Payatas』はその前年に、ケソン市にあったLight & Space Contemporary Galleryでの個展が初出。詳しく知りたい方はこちらを参考:GMA News Online :Art Review 2012 March

 

 

2019年2月 アートフェアフィリピン2019でのオカ。彼の作品”Cheap Medicine”を背景に:著者撮影

 

 

彼は日本の伝統的な文化に影響を受けており、私と会うとよく日本の話をした。また、頻繁にジャパンサープラスにも足を運んでいると言っていた。

数年前に、マリキナ市にある広大なアトリエに友人と共に招待してくれ、アトリエ内の様々な物を見せてくれた。

アトリエの壁側の一部は棚になっており、彼の作品の材料が分類されてしまわれている。近年は鳥の羽根を用いた作品が多いため、100種類以上ありそうな鳥の羽根が色や大きさに合わせて分類されていた。材料の収納棚の一つはジャパンサープラスで購入した古いタンスだった。その中は、やはりジャパンサープラスで買い、今後の作品に使おうと思っている材料だった。

そしてその引き出しの中身の一つが、あまりに強烈だった。

 

引き出しには、数珠がぎっしり入っていた。様々な大きさ・色の使い古された数珠が、古いタンスの引き出しに入っていたのだ。それはとても不気味で、日本製ホラー映画の一場面のようだった。最早この引き出し自体がオカの作品である。

驚いたのは、オカに何故これを集めているのかを聞いたところ、彼は数珠の使用目的を知らなかったのだ。ただ視覚的に惹かれる、何かの作品に使えそうだからという理由だった。タンスの引き出しいっぱいの数珠は、異様で、日本人ならば死を連想させられる。でも数珠の使用方法を知らないフィリピンの人にとっては、日本っぽいブレスレットが大量にあるだけである。私は数珠の使用方法を彼に教えた。彼は少し考えていたが、むしろ材料として面白くなったという感じだった。

 

オカのアトリエの様子。鳥の羽根が分類されしまわれている。右は焼香用香炉に鳥の羽根を付け足した小さな作品。香炉もジャパンサープラスで購入したものとか。このようなオブジェもたくさん飾ってあった。

 

 

 

明治時代の教育勅語が現代アートに変わる

 

数週間前に、インスタグラムのメッセージでフィリピン人の女性アーティストの友人から連絡がきた。

「もし時間があったら、これになんて書いてあるのか教えてほしい。ジャパンサープラスで買って、一応何が書いてあるのか気になって」と。

送られてきた写真は額に入った古い賞状のようなものだった。漢字とカタカナの文字、大正以前のものだろうか。

彼女はJel Suarez (ジェル・スアレズ) というコラージュの作品などで評価が高い若手作家だ。彼女のコラージュ作品は、古い書籍や図鑑などから切り抜いたものを組み合わせ、地形や石を思わせる新たな世界観を構築している。

 

ジェル・スアレズのウェブサイトより(本人の許可済):https://www.jelsuarez.net/

 

さて、その送られてきた写真だが、拡大してみると最初に「勅語」と書いてあった。中身は漢字とカタカナなので、どうも何が書いてあるかよくわからない。一番最後に「明治二十三年十月三十日」とある。それで検索してみた。

ジェルから送られてきた写真

 

明治23年(1890年)教育勅語・・・!これだ。学校の教科書に載っていた。中学生くらいの時にテストに出たのを覚えているが、今の今まで忘れていた。

丁寧に額装された明治天皇が発布した教育勅語。その当時はよく売られていたのだろうか。そして終戦前までは一家の居間の鴨居の上などに飾ったのだろう。戦後、教育勅語も廃止され時代が変わっても、その家ではきっと蔵などに仕舞われたままだったのだろう。ジャパンサープラスがどういった経緯で物を仕入れてくるのかはわからないが、(いつかジャパンサープラスを営む人がいたら話を聞いてみたい)こんな妄想をした。

-子供が皆都会に移り、老父母だけになった田舎の実家。父が亡くなり、一人になった母はついに息子家族と同居のため都会に引っ越した。息子たちは実家の家を処分するため、物を丸ごと引き取ってくれる業者に依頼した。そして実家の蔵に仕舞われていたものも全て、海を渡ってフィリピンにやってきた・・・。

そして今、フィリピン人アーティストによって、アート作品として蘇る。思わず教育勅語を飾っていた家族の命運に想いを馳せた。

 

ヤフーオークションで調べてみたところ、同じように額に入った教育勅語がいくつか出てきた。大体1000円前後。やはり当時、飾る家が多かったのだろうか。

ジェルの教育勅語を使った作品は、10月22日よりWest Gallery(ケソン市)での彼女の個展で披露される。その個展は、ほとんどがジャパンサープラスから仕入れたもので作った作品になると話していた。

ジェルはこの教育勅語の他、日本の蛇腹本や将棋盤も買ったので作品に使う予定、と話す。また、最近は手すき紙を自作しているのでそれとジャパンサープラスの物を組み合わせると。どんな作品たちが見られるのかとても楽しみだ。

 

制作中の様子とジェル自身が作った手すき紙:Jel Suarez提供

 

ジェル・スアレズの個展が開催されるWest Gallery:

48 West Avenue Quezon City, Metro Manila /+632 4110336

ウェブサイトhttp://www.westgallery.ph/

 

 

2018年2月に、ジェルとは同じタイミングでWest Galleryで個展を開催した。

その時のジェルの個展風景と彼女の作品前で撮った写真

 

 

アートによる場所の『変質』

 

アートは空間や物に新たな意味づけをし、蘇らせることができる。視点を変え、新しい価値を創造する。

2017年、2019年と群馬県中之条町で開催された中之条ビエンナーレでの滞在制作を通して、アートの持つ変質の力を目の当たりにし、自分も『変質させる』ことを実感しながら制作ができた。中之条ビエンナーレでは、アーティストたちは古い民家や廃れたシャッター街などに新しい命を吹き込む。おどろおどろしく感じる廃業した温泉宿なども、アーティストによって新しい見方がそこに生まれ、全く違った価値が立ち現れる。「死」や「幽霊」などを連想させる場所もアートによって違う命がもたらされる。もちろん、敢えて死や超自然をテーマに制作する作家もいるが。

 

中之条ビエンナーレ2017での著者作品。築200年の古民家で、その家に朽ち捨てられていた古いドアや養蚕の道具を使用した。

タイトルは『Still living with the shadow of live -今も尚彼らは』。家に未だにある生命の気配のようなものを表現した。

 

海外から来た作家の作品には、時に驚かされた。海外の作家は良い意味で、文化・歴史・背景を読まない。肌感覚がない。だからこそ大胆な空間変質ができる。中之条での海外作家の作品を見ると、この場所にこういうものを置いてしまうんだ、といった驚きがあったりする。良し悪しは別として、日本人作家は私も含めどうしてもその場所が持っている背景が読めてしまうため、完全な変質は難しい。

 

フィリピン人のアーティストたちが、ジャパンサープラスで背景を知らずに材料を仕入れ、制作する。ここでもまた、元々の持ち主が全く想像しなかったであろう新しい価値が生まれている。

 

 

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文:山形敦子 

美術作家。2012年よりマニラ在住。主にフィリピンにて個展を開催するなど活動している。

近年の主な展示に、2020年個展『Do you hear it?』Art Informal Gallery(マカティ市)、2019年Mervy Puebloとの二人展『Transcendental』カルチュラルセンター・オブ・ザ・フィリピン(パサイ市)など。

フィリピン以外での展示は、2017と2019年に群馬県中之条町で行われる中之条ビエンナーレに参加。2017年は札幌市のJRタワーホテル日航札幌で個展を開催。その他シンガポールやマレーシアでグループ展に出展している。

またミュージシャンと協業し、ライブで絵を描くライブペインティングも行う。プロフィール写真は2019年11月にマカティ市TIU Theaterで開催したジャズとライブペイントの公演『Jazz En』での公演中の写真。

2020年現在は日刊まにら新聞にも所属。最近の趣味は料理を作って美味しそうな写真を撮ること。

ウェブサイト:https://atsukoyamagata.com/